狂気に落ちる?

 勇者、聖女。


 未知なる世界から突然現れる、不思議な文明の技術や知識、この世界には存在しない優れた医術、そしてこの地の人々を凌駕する力や魔力、特殊な技を持つ存在ですわ。


 わたくしの目の前の小娘もその一人。


「ミハイル様ぁ〜、公女様の顔が怖いですぅ」

「王族かつ婚約者がいる方に対して何て失礼な!!殿下と呼びなさい!!」

「はぁ、またお前はシオンを睨んで…」


 殿下も殿下ですわ!


 この様に礼儀も無く、婚約者の目の前でベタベタするのだから、怒るのは当然ではなくて?


「それで?シオンは考えてくれたか?」

「えっと…、その…、ここで返事は…。ソフィア様の顔が怖くて…」

「親しいわけでも無いのに名前で呼ぶとは、聖女殿は礼儀が抜けているにも程がありましてよ」


 この小娘はわたくしの邪魔ばかりして!


 大体、今日は殿下と、婚約者と二人きりの時間を過ごす予定でしたのに。


「だがシオン。君が聖女であると認められた以上、王室としても放置は出来ない。古来より聖女は皇后か后妃にする決まりなのだ。君も王室の暮らしは満足していただろう?」

「それはそうですけど…、ソフィア様はどうなるのですか?」


 聖女殿、この後に及んでわたくしに憐れみでもかけるつもりかしら?ここまで惨めな思いを抱かせるなんてね。


「ソフィアは公爵家の令嬢として、またこの国の未来の皇后として努力し続けてきた優秀な女性だ。この国の未来を考えても、彼女との結婚を止めるっりは無い」


 殿下はわたくしに愛情を抱いていない。


 分かってはいましたが…、やはり心に来るものはありますわ…。


「だったら無理です。何度も伝えてますが、私の住んでいた国では多重婚の考えが無いんです。だから古来の決まりを守るつまりなら、私かソフィア様、どちらかを選ぶしかありません」


 聖女殿は自由な恋愛、自由な結婚を謳っていますが、そもそも結婚は貴族の家を結ぶ戦略の一つ。


 庶民のように、自由に相手を決めたり、そもそも相手に愛を抱く事は稀ですわ。わたくしが殿下をお慕い出来たのは奇跡。


 大体、愛と呼ばれるものは、長年連れ添って初めて生まれると教えてますもの。


「ソフィアは?どう思っているのだ?」

「わたくしは王家のご指示のままに」


 だから、この想いは絶対に気づかれる訳にはいけませんわ。


「ふむ…、やはり父に…、陛下に相談するしか無いか。改めて話し合う場を設けるから、今日は二人とも下がって構わないぞ」

「畏まりました」

「はーい!」


 平行線の話し合い。


 今日で一週間経ちますけど、全く進展しませんわね。胃が痛いですわ。これも全てわたくしに腕を絡めているこの聖女殿の我儘のせいよ!


「それで、貴女はいつまでベタベタしているつもりなのかしら!?」


 先程の話し合いの最中もずっとわたくしの隣に座って、執拗に胸を当ててきて、あぁ、本当に鬱陶しいですわ!


「私が口説き落とせるまで」


 この小娘の考えている事が全く分かりませんわ!


「だから!何度も何度も言いますが、わたくしは女性との恋愛なんて考えた事ありませんわ!大体、わたくしは殿下を愛していると言ったでしょう!?」

「あんなに気持ち良さ…ムグ!」


 大きい声で何言ってますのよ!口塞いじゃったじゃない!


「ソフィア様、あの男は止めようよ。絶対に不幸になるって!あの人、自制しないし酷いよ。殿下が私を見つけた経緯を知ってるでしょ?だから殿下じゃ無くて私を選んでよ」


 うぐ…、思い出したく無い事を刺激しないで欲しいですわ。


 殿下が聖女殿を見つけたのは偶然。


 王都にある、高級な如何わしいお店にお客で行った時。


 殿下の口からは聞いていないが、実際に殿下のお相手をされた聖女殿や、護衛の方に聞いたから間違いない。


 殿下は女性にだらしが無い。


 ショックだった。


 ちなみに聖女殿が働いていた理由は、この世界に放り出されて、行く宛てが無いから。身体を売る以外の選択肢が無かったとの事ですわ。


「客として来て、毎回私の身体に滅茶苦茶な事をしてたくせに、聖女だって気づいたら、紳士顔していきなり結婚しろっておかしく無い?」


 あー嫌だ!何度聞いてもこの話は耳を塞ぎたくなりますわ。


「どうせあの男は都合の悪い事全部黙ってるんでしょ?いくら王子様だからって、婚約者のソフィア様だっているのにありえない!」


 昂る聖女殿を鎮めないといけませんが、この話は心にグサグサ来るので、メンタルが持ちませんわ。


 それに聖女殿のその顔。


「大体、こんな良い顔と身体の女と結婚する!?ソフィア様の貞節は私のものよ、ふざけんな!」


 いや、ふざけるなは、わたくしのセリフよ!わたくしにとっては貴女も殿下と同類ですわ。


 良くある物語だと、異世界から来た聖女は王子様に恋して、王子様と結ばれるのでは?


 何故、わたくしなのよ!!


「まぁいいや。予定通り、このまま交渉を引き伸ばして、隙を見て上手い事駆け落ちするから。この魔力があれば何でも出来るもの、ね」


 予定って何ですの!?


「…わたくしは、貴女と駆け落ちする気は無いわ」


 冗談じゃありませんわ!


「はぁ、あんな男の何が良いんだか」

「ひっ…」


 そして変わる聖女殿の表情。凄く綺麗笑顔なのに性欲に満ちた目。嫌な汗が…。もう、死神にしか見えませんわ。


「ねー、何怖がってるの、可愛い」


 そしてその手がわたくしの頬を撫で、その整った顔が近づいてきて耳元で囁く。


「もう疲れちゃったから、早くお屋敷に帰りましょう」

「そ…、そうね…」


 このねっとりした声。鳥肌が立ちますわ。


 この小娘、殿下だけじゃ無く、お父様達や使用人の前でも猫を被るから、誰もわたくしの貞節の危機に気付いて無い。


「ふふっ、今日も同じ部屋で寝ますからね。魔法で防音にするのと、痕は全部回復してあげるから。ちゅっ」

「ひっ!」


 首筋にキスをしやがりましたわ!!


 恐ろしい程の欲望と狂気の目。


「はぁ、はぁ…、良い。あぁ本当に良い女。昨日と同じぐらい淫れて、可愛い声で鳴いてね、ソフィア様ぁ」






end

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