第10話 ビラロの苦悩
※ガネシとは、ヒンドゥー教のガネーシャをモチーフにした架空の生き物です。ねずみのラッタ♂と子猫のビラロ♀と一緒に地球でたくさんの経験を積んでいます。
(ビラロよ、決して道を踏み外さないようにな。本質を見抜く力をつけるんじゃよ。たくさんの苦痛に耐え凌ぐんじゃよ。そうすればビラロの心は強くなる。優しさや純粋な心はとても脆い。邪悪な心にすぐに跳ね除けられてしまう。人間界では闇がとても濃い。それに耐えられる強い心を持つんじゃよ。わかったな、ビラロ。これがわしの願いじゃ。これがビラロ、そなたの宿命じゃ。わしの気持ちをわかってくれる日がくるじゃろう)
その日、ブラフマンの森に珍しく大雨が降っていた。まるでビラロの心を表しているかのように。ビラロは怯えていた。人の心を知れば知るほど、ビラロの心は病んでいった。嫉妬、妬み、恨み、怒り、悲しみ、批判、責任転嫁、不平不満、卑下。ビラロはありとあらゆる人間の心の汚い部分に目を向けた。負の感情から生まれるエネルギーはとても強く、神界にいるビラロでさえも人間界のその負のエネルギーに心が抑圧され、影響されてしまった。しばらくしてビラロは心を閉ざし、誰ともかかわらないようになった。
「なんだビラロ、こんなところにいたのか。みんな心配しているぞ。菩提樹様も心配していたぞ。何があったんだ。オイラたちに黙ってこんなところにこもるなんてどうしたんだ。こんな暗いところにいてビラロらしくないぞ」
ビラロはブラフマンの森の奥にある洞窟にひとりうずくまっていた。人間界の醜い要素をひとりで延々と見ていると、気が狂いそうになった。もう誰も信用できなくなった。菩提樹がなぜ自分にそれを見せたのか。もしかしたらこうやって心を病ませるために見せたのではないだろうか。今まで一緒に暮らしていたブラフマンの森の仲間たちまでもが敵に見えていた。ビラロの心は疑心暗鬼に陥っていた。
ひとりになってからどのくらいの時が流れたのか、ビラロにはわからなかった。ただひとつだけ、わかったことがあった。目の前で自分のことを心配してくれているラッタは敵ではない。こんなにもびしょびしょに濡れながらも心の底からビラロのことを心配して探してくれていた。そのラッタの気持ちが手に取るように伝わってきた。ビラロの頬を大粒の涙が伝う。
「・・・ビラロ、辛かったんだな。何があったかは聞かねぇ。もう帰ろうぜ、みんなのもとへ」
ビラロは黙ってラッタとともにみんなのもとへ帰った。いつもはちょこまかとビラロのあとをついてきていたラッタがとても大きく見えた。ラッタも自分の使命と向き合い、そこから生まれる葛藤とともに日に日に成長していることを実感した。ビラロは決心した。もう一度人間界と向き合うことに。それが今与えられたビラロの使命であると悟った。
「菩提樹様、以前菩提樹様は私にこうおっしゃいました。どうしても人間界を見るに堪えなくなったらまたおいでと。ごめんなさい。見るに堪えなくなった時、私は全てを投げ出して逃げ出してしまいました。これが自分の使命だと気付く余裕もなく。ただただ人間の闇に打ちひしがれ、心が抑圧されてしまいました。本当に、本当にごめんなさい。私はひと時でも菩提樹様、あなたを疑ってしまいました。私の心を潰すために菩提樹様が人間界を見せたのではないかと」
「いいんじゃよ、いいんじゃよ。そして全てを克服してビラロはここにおるんじゃ。ラッタのおかげじゃな」
「ラッタの前では言えないけど、本当にラッタには救われました。人間はいいところも悪いところもその両方を持っていて、悪いところを隠すためにいいところばかりを見せようとする。言葉ではなんとでも言えるけれど、でも心は嘘をつかない。その言葉と心の矛盾に私は病んでしまいました。良心が異常に欠如している人もいた。他人に冷酷で、口では共感をしているような素振りを見せても、心は全く共感していない。本当は冷酷なのに口が達者だから表面的には立派で魅力的。平然と嘘をつく。自らの言葉や行動に責任を取らない。人を傷つけても罪悪感を持たない。究極的に無慈悲。自分本位な考え方しかしなくて自尊心だけは高いエゴイスト。誰か特定の人と共依存をして、周りの人々を卑下することで自分の存在価値を見出す人たち。そんな人々を見てきて心が荒みました。そんな時でした、ラッタが私の前に来てくれたのは。ラッタの心は微塵の闇も感じられませんでした。その時に悟ったのです。あぁ、私にとって大切な者たちはみんな心が清らかで、信頼できる者たちなんだと」
「ビラロ、少々やり方が荒かったかもしれなかった。すまない」
「いいんです。私は人間のような心を持ちたくない。反面教師として、私はこれからも人間界を研究していきます。それが今の私の使命だと気付きました」
「ありがとう、ビラロ。いつの日かわかる日がくる。どうしてビラロがこんなにも辛い思いまでして得なければいけない教訓があったのか。そのうちわかる。辛いじゃろうが、引き続き人間界をよろしくな」
「はい、菩提樹様。もう私は人間の闇に潰されません。私には菩提樹様含め、このブラフマンの森に心の澄んだ信頼できる大切な仲間たちがいるのですから」
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