第2話 利他の心と私利私欲

※ガネシとは、ヒンドゥー教のガネーシャをモチーフにした架空の生き物です。ねずみのラッタ♂と子猫のビラロ♀と一緒に地球でたくさんの経験を積んでいます。


「ガネシよ、困っている人や苦しんでいる人、悩んでいる人がいたら必ず助けてあげなさい。人を思いやり、人に寄り添い、人を喜ばせ、人を笑顔にできる大人になりなさい。これからガネシも苦しんだり、悩んだりすることもあるでしょう。どうしても好きになれない人に出会うこともあるでしょう。そんな時は自分を大切にしてくれる人を大切にしなさい。苦しい時、悲しい時こそ人に優しくなさい。あなたが優しくできない人からは離れなさい。辛い時にでも優しく接してあげられる人たちこそ、生涯を通して分かち合えるあなたの仲間となるでしょう。あなたが苦しい時、あなたから去っていく人もいるでしょう。あなたの心から離れていく人もいるでしょう。でもね、ガネシ、そんな時は執着を手放しなさい。来るものは拒まず、去るものは追わない。全ては必然なのですよ。人は来るべくして来るのです。去るべくして去るのです。世の中というものはとても不思議なもので、全てが絶妙のタイミングで訪れます。人との出会いも別れも、出来事も。だからどんな壁にぶち当たっても強くいなさい。一見悲しくて辛い出来事も、将来のあなたへの糧となるのです。全てはあなたの人生にプラスに働くのです。だから泣かないでいてちょうだい。きっと必ず、あなたの人生は素晴らしいものになるでしょう。そうなるようにできているのよ。そう、信じてさえいれば」


ガネシが目を覚ましたのは真夜中だった。窓の外には大きくて丸い満月が辺りを明るく照らしている。いつの日だろう、この言葉を母親のパールヴァティーから伝えられたのは。時折、ガネシは母の夢を見る。パールヴァティーの教えは究極の献身性を追求することだった。利他の心を持つことが、幸せになる唯一の道だと教えられた。


「ガネシ、どうした、眠れないのか」


ラッタが心配そうにガネシに話しかけた。どうやらラッタも眠れないようだった。


「ラッタ、僕のお母さんがね、どんな時でも周りの人を幸せにできるような心を持つようにって言っていたんだ」


「大丈夫だよ、ガネシは根っからのお人好しなんだ。いつだってガネシは世のため人のために生きているじゃないか」


「うん。でもね、この人間界を見ていると、やっぱりどうしても近づきたくない人たちもいるんだ。心がとても黒くて、笑っているのにどこか影があって、とても恐ろしい。人間ってね、みんな同じように見えるでしょ。でもね、人それぞれ全く違う生き物なんだよ。心と思考は見えないけど、心と思考が見えると、同じ人間でも全く別の生き物のように僕には見えて来るんだ」


「オイラもなんとなくわかるぞ、目を見ればわかる。威勢がいいのに怯えた目をしてるやつもいるんだぞ」


「本当にわかっているのかしら、ラッタも偉くなったわね」


「なんだよビラロ!起きてたのか!ビラロが聞いていないと思って話していたのに」


「ガネシ、私思うんだけど」


「誰もビラロには聞いてないぞ」


「私はガネシと話してるの。ねぇガネシ、こっちの世界に来てからずっと不思議だったの。私たちの世界ではみんな心と発する言葉が一致しているのに、こっちの人たちって心と言葉が全然違うの。思ってもないことを言ってみたり、好きでもない人に愛想笑いしてみたり。上辺だけの付き合いってこういうことを言うのね」


「うーん。心は見えないから難しいよね。僕たちの世界にいた頃はそこまでみんなの心に意識を向けることがなかったんだ。だってみんな心を言葉で表していたから、それを疑う必要もなかった。でもこっちの人たちは心と言動が真逆の時もあるから、何が本当で、何が嘘なのか、果たしてどの本当が嘘で、どの嘘が本当なのかさえわからなくなってくるよ」


「・・・なんだって?嘘が嘘で本当が嘘で嘘が本当?ん?ガネシ、オイラちんぷんかんぷんだ」


「そうね・・・。まだまだ私たちもこの世界の人間を観察する必要があるわね。本当に複雑だわ。」


「僕はみんなを幸せにするためにこの世で修行を積んでいるんだよね」


「そうよ、この世の闇を取り払うためにね」


「こんな自分のことしか考えていない自分勝手な人間たちのためにガネシが動くことないのにな。オイラは心の底からそう思うぞ」


ガネシはラッタの言葉を聞いて複雑な感情を抱いた。自分勝手な人間たち。私利私欲のために生きる人間。果たしてそれは悪いことなのだろうか。


「ラッタ、自分勝手に生きちゃいけないのかな」


「ガネシはみんなのために生きているんだろ。ガネシのために生きてくれる人たちのために何かをするならわかるけどさ、自分のことしか考えていないわがままなやつらのためになんでガネシが悩まないといけないのさ」


ガネシは、戸惑った。自分が人を助けたら見返りを求めるべきなのだろうか。どんなに恐ろしい人でも助けるべきなのだろうか。心が綺麗な人だけを助けたらどうなるのだろうか。ガネシは悶々としながら、再び眠りについた。

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