第9話

「…どうしてここにいるんだよ、樹兄さん」


 パンケーキを食べ終わり、食後のストロベリーティーを飲んでから店を出ると、急に誰かが後ろから声をかけてきた。


 振り向くと、そこには小学校3~4年生くらいの、美しい顔立ちの男の子が立っていた。


そう?」


 颯と呼ばれた活発そうな男の子は、樹君を見ながら驚いた表情を見せている。


「今日、兄さんが店に来る日だったっけ?…誰その人、もしかして彼女?」


 表情豊かなその男の子は、外見だけは樹君にとてもよく似ており、彼をそのまま小さくしたかの様に見える。


 颯君は私の顔を、じっと見つめた。


「あ!『ドジおとめ』だ!懐かしい!!…どうしてあんたが兄さんと?!」



 …………?!!



 …………今、この男の子にも『ドジおとめ』って呼ばれた?!



 樹君は、颯君の頭をこつんと叩いた。



「俺の彼女にお前がそういう態度を取る事は、許さない」



 …………『俺の彼女』。



 …………嬉しい!!




「へ?彼女…?」




「苺を『ドジおとめ』って呼んでいいのは、俺だけだから。後から店に行くから、お前は先に行ってて」


 颯君は少しすねた様に、口を尖らせながら頷いた。


「わかったよ。…兄さんの呼び方が移っただけじゃん。…ねえ苺、僕の事覚えてない?」



 颯君は明るく笑いながら悪びれもせず、私にまた声をかけた。



 私は颯君の顔をちゃんと見て、急に思い出した。




 …………あ!




「思い出した!花火大会で…」




 高校一年生の夏。



 家族とはぐれていた颯君を、迷子センターに連れて行ったっけ。




 まさか、颯君が樹君の弟だったなんて!




「あの時苺は、一緒になってますます迷って、やっと迷子センターに保護された僕に『いちご飴』買ってくれたんだ」




「…………!」




 うわ、恥ずかしい。




「その、ごめんね颯君…………私、すごく方向音痴で」



 颯君、2年以上経ったからすっかり大きくなっちゃって、全然分からなかった!



「ううん。あの時はありがと!僕、苺のお陰で結構楽しかった」



 樹君は私に、白状するようにこう言った。



「『苺』っていう名前は珍しいから、すぐにそれが君の事だって分かったんだ。…俺も花火大会の会場にいたんだけど、迷子センターでは入れ違いになって苺に会えなくて」



「…………そうだったの」



「ちゃんと苺にお礼言いそびれてて…ごめん」



 私は首を横に振った。



「ううん!そんな事!私、何もできなかったから」




 あ、そうか。




「だから私が、方向音痴なのを知ってたの?」





「…ずっと見てればそのくらい、わかるよ」




 …今。




「あの時はありがとう、苺。颯がお世話になって」




 一瞬だけど、樹君が、


 …笑ってくれた…?




「…………ううん」




 その笑顔の美しさに、


 もう少しで、引き寄せられそうだった。












 

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