第2話 普通になりたかった

 幸太は自宅のアパートの階段の前で傘をばさばさと水を飛ばす。

(ここまでくれば,もうあいつらには合わないから大丈夫だ)


 幸太はそのまま傘を置くと,玄関の扉を開けようとしてみる。しかし,ガシャガシャと音を立て玄関は開かない。わかっていたことだが,はぁ,とため息が出た。


「いるわけないか」一人ボソリ幸太はつぶやいた。

 母親は働きにでていて,帰ってくるのはいつも6時過ぎだ。こんな時間に帰ってきていることはほとんどない。


 しかし,放課後のクラスメートの何気ない会話が頭によぎった。


(あー,今日もあのくそばばい家にいんのかー,帰りたくねぇなあ)

(俺もだよー,宿題やれやれうるせえんだよなぁ)

(へー,陸人くんちもそうなんだ。うちも帰ってくるなりバレエの準備とかめんどうくさくて)

 

 今までこんな会話はいくらでもあった。しかし,幸太はなんとも思わなかったのだ。いつも母さんは「あそこの家はあそこの家,うちはうちだから」と言っており,そういうもんなんだなーってだけ思っていた。


 しかし,いつからだろう,自分の家が特殊だと気づいたのは。家に帰ると待っている母親,新品の上履き,手作りのパンケーキ,そんなものを幸太は体験したことがなかった。


 低学年のころは学童で過ごしていたからだろうか,高学年になって一人で家に帰ってきてからだろうか,いつの間にか気づいたのだ。


 自分の家は恵まれてないのだと。


 後ろでがしゃりと音がなった音に幸太は思わず反応した。


 向かいの家から,噂おばちゃんが出てきたところだった。うわさおばちゃんは幸太に気づき声を掛ける。

「お,こうちゃんじゃない! こんにちは」

 幸太は会釈した。その様子に満足したのか,うわさおばちゃんはにこにこしてそのまま歩いていった。


 幸太は家に入るために,鍵を取り出すために,ランドセルのポケットを探す。

(……?)

 ポケットを探してみるものの、一向に鍵が手に当たる気配が無い。手を大きく動かしてみるが,やはり何にも当たらない。


 幸太はランドセルを背中からおろし,身体の正面に持ってきて,探してみるが,やはり見つからない。


「落としたのかな……」

 思わず泣きそうになった。何もうまくいかない,その言葉だけが幸太の頭をよぎったが,頭をふって考えを消す。


「探しにいかなきゃ」

 幸太はランドセルを置いて,傘を掴み,玄関から出る。

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