紫の春

濱ノ海亀二郎

 

 私はドキドキしていた。この胸の高鳴りは、孫が生まれた時にもなかった。

 私の前に立ちはだかる正義のヒーローは、どんな姿をした若者なのだろうか、と。

 庭先にかすかに残る雪の下から、水仙の芽が突き出ている。この4月から、私が40年前に設立した株式会社すがたにの代表取締役会長となった。社史に刻まれる初の会長職といえば聞こえはいいが、実質的には、解体業者の隠居の大老といったところだろう。春がゆっくりと歩み寄っている。社長職はせがれに継がせた。

 植木の冬囲いを自分で外してみた。例年であれば庭師に頼むところだったが、良妻に促されて力仕事をこなす算段となった。枝ぶり見事な松の格好が心地よい。久方ぶりに袖を通す我が社の作業着が誇らしい。最初こそ手伝いを買って出ていた小学1年生の孫は、いつしか家の中にこもっていた。ベランダでのお茶休憩中に、消毒液シュッシュしないとダメよと、せがれのお嫁さんの号令が聞こえたような気がする。昼下がりの陽気とはいえ、汗ばむこの身が肌寒くなってきた。風邪をひいてはいけない。じいじもまた、消毒液シュッシュをしようかと思う。

 自室へ戻ると私は、ここ最近、決まって紫の衣装を身にまとっている。これは、今年の2月の、私の古希の祝いに贈られた紫のちゃんちゃんこを、良妻にリノベーションしてもらって仕立てたものだ。還暦の祝いでもそうだったが、ちゃんちゃんこを着て記念撮影だなんて気恥ずかしいと思っていた。孫を股ぐらに座らせて、だらしのない笑顔でピースサインをするスマホの画面を見せられ、私の思いが結着した。

 あ、これだ、と。

 これを着て、悪の総統デスガタニになろう、と。

 悪といえば黒の一辺倒もないだろうと、私は常々考えていた。何より安直すぎるし、そもそも黒という色が私は好きではない。黒星という言葉があるように、出鼻から負けを意味しているように思えてならないし、ただ単に色として好きではない。なんでと訊かれたら、それはなんでもだ。逆に勝ちを意味している白をとも考えたが、清廉潔白な正義のヒーロー君と重複するおそれがあるので、すぐ打ち消した。いや、良かれと思って計画を遂行していくのだから、一概に悪とは言い切れない側面はある。自ら悪びれるのはスマートではないことぐらいわかっているが、計画している主な活動が破壊活動なので、まあ、そりゃ悪だわな、と。そうとなれば振り切って悪のほうへシフトしなければ、組織が揺らいでしまうではないかと、私は思う。なので、悪の総統デスガタニとして黒以外で何かいいのないかなと考えあぐねていた時に、この一着に出合ったのだ。ちゃんちゃんこそのまんまだと好々爺好々爺しているので、良妻に頼んでちょいワルにしてもらった次第なのだ。家族からは、毎日着て相当よろこんでいるんだねと囁かれている。事実、めちゃくちゃ気に入っている。これを着て正義のヒーローと対峙するんだと思うと、モチベーションがアップしてたまらない。

 相手は正義のヒーローだと固執している。国や自衛隊、はたまた警察が介入する余地はない。私を邪魔する正義のヒーローを制圧したならば、ゆくゆくは国家の各機関と向き合わねばならぬだろうが、いまはその時ではない。一発でお縄になることは避けたいからだ。言わずもがな、活動ができなくなる。そして、私には政治的思想がない。ひねり出そうにも一切ないのだ。ひるがえって、現状で満足かと問われれば、ほかに考えることが山ほどあるので眼中にないのが実情だ。したがって、いまはローカルの悪の組織として、正義のヒーロー出現頼みでやっていくことになるだろう。少年が巨大ロボットを操作する系のヒーローはちょっとこまる。さすがに太刀打ちできないし、非現実的で突飛すぎる。変身したとしても生身に近い姿でやって来てもらいたい所存だ。新体操かプロレス経験者なんだなと思わせてくれる若者の登場を求む。

 実際に相手に応じるのは私ではない。解体現場上がりの年金受給者だ、特別な身体能力もなければ超能力で人を惑わす術も持ち合わせていない。あまつさえ、カモフラージュで杖でも突こうかなとさえ思っている始末。足が痛んで弱っていると捉えるか神秘的な武器と捉えるかは、正義のヒーロー側の想像におまかせしたい。私はあくまで悪の総統だ。悪の手下は、従業員10名達成を記念して創設した野球倶楽部と、人気にあやかってJリーグ開幕元年に創設したサッカー倶楽部のレギュラーメンバーの面々だ。いずれも半世紀以上の歴史と伝統があり、社会人3部リーグでは敵なしといったところの、なかなかの強豪だ。どちらの倶楽部も3月の末には話がついている。社長としての最後の大仕事といったところだと自負している。

 組織にとって最も大事なのは人財だ。この「人財」という言葉は昭和の時代から使用している。私が自ら編み出したものなのだが、インターネットの普及につれて、取引先や競合他社のホームページにちらほら散見され、パクりやがってといちいち憤慨し、訴訟を起こそうかとさえ思ってきたが、経済誌でもそのトピックがあり、広く知られるものとなった。人は宝であるという考え方は、誰あろう私が根強く標榜しているものだ。全従業員49名、その中でも野球倶楽部とサッカー倶楽部の諸君。4月の給与明細を見たまえ。総務の新田ちゃんにはよく尽力してもらった。あとはせがれにバレないことを祈る。

 情報戦略室と化した自室の私は、夢が膨らむばかりだ。どんな正義のヒーローが私の前に立ちはだかるのか。私は、見えない敵と戦うのだ。


 悪の総統デスガタニ率いる株式会社すがたにの野球倶楽部とサッカー倶楽部の初陣は、令和2年4月29日と定めた。場所は、広々としたロケーションが破壊映えするであろう河川敷。ぶ厚い給与明細に目が飛び出た20名は、揃いの戦闘服を身にまとい、野球とサッカーのポジションを融合した陣形で、野球でいえばピッチャーマウンド上の私を固めていた。傍らには野球倶楽部のエース長谷川。参謀感を演出してもらい、事が起きれば般若があしらわれたメタリック製の杖を突いているこの私を率先してかばってもらう。キャッチャーの大畠とゴールキーパーの高木は二枚の壁だ。まずはこの2名で市民や正義のヒーローと応対してもらう。私とエース長谷川の横一線に、ファーストとサードとディフェンダーの計6名。できればこの人員で市民や正義のヒーローを制圧し、最後方に鎮座するユンボに乗ったフォワード2名で、破壊だ。恐れることはない。二遊間と外野とミッドフィルダーの計9名も控えているのだ。

 破壊のあとには何が残る。それは、ガレキの山と創造だ。

 さあ来い。まだ見ぬ正義のヒーローよ。


「菅谷のオヤジ、何やってんだ? ビタ一文、動かねえぞ」

「ちょ、声がでけえっすよ」

「聞こえやしねえよ。耳、遠いんだから」

「わかる。『ん?』って顔、しますもんね」

「どんな顔してんのかわかんねえよ」

「全身ラバースーツですもんね、紫の。もう、めっちゃハズいっすよ、これ」

「逆によく見つけてきたよな、あのオヤジ。年末のガキの使いか?」

「顔ふさがれているから、マスク代わりにはなりますけどね。マスク切れそうだからよかったあ」

「普段でも着る?」

「んなはずないない」

 セカンドの千葉とショートの林が雑談をはじめてきた。しかと私の耳に聞こえているぞ。正義のヒーローの名を聞き逃すまじと、この日のために最新鋭機器「ホチョーキ」を装着しているのだ。まあ、菅谷のオヤジさんとして慕われているこの私だ、いまは大目に見てやろう。ただ、オヤジ「さん」な。度が過ぎた場合は、5月の給与明細に青ざめるとよかろう。総務の新田ちゃんにまた動いてくれることになろう。せがれの目を隠れてな。

「マスクもそうだけどよ、この陣形、人と人との間が見事に2メートル以上離れてるな」

「ソーシャルディスタンスですよ、図らずも。でも、オヤジさんとハセさんが、ちょっと密かな」

「介護だと思えば仕方ないよな。大変だよ、介護従事者も。まあ、ハセも顔ふさがれてるから、大丈夫でしょ」

「あ、ハセさん、後ろ手にOKサイン出してる。千葉さん、やっぱ聞こえてますって」

「いいんだよ、ハセには聞かれても」

「なんかしゃべってるなあぐらいは、わかるんじゃないっすか?」

「お二人さん、おれも混ぜてよ」

「千葉さん、後ろにも聞こえてるじゃないっすか」

「サッカー部? の、ボランチ? て、誰?」

「おれだよ、ちばっち」

「中川か! おれのことそう呼ぶの、おまえしかいないもんな」

「そうだよ、中川だよ。わからないもんなんだな。まあおれも、千葉って聞こえたから、あ、ちばっちだってわかったんだけどね」

「千葉さんも中川さんも、そろそろ真面目に備えましょうよ。それに中川さん、近寄らないで。ソーシャルディスタンス」

「誰この真面目ぶっこいてるの?」

「こいつ、林、林」

「はやしっちかー。なーんだ」

「なんだってなんですか。速水もこみちかと思ってました?」

「はやしっち節炸裂だね。そういうところあるもんな。でもさ、見てみ? うちのトップ下の小宮と、野球部のセンターかい? ここ着いた早々にダベりはじめてたよ」

「小宮、あいつめ」

「あのセンターのちっこいの、誰なの?」

「新田ちゃんだよ」

「新田ちゃん? 総務の?」

「うん。総務の新田ちゃん」

「女子でしょ」

「女子だよ」

「マネージャーじゃなかったの?」

「選手だよ。8番センター新田ちゃん」

「野球部、弱いの?」

「そんなことないよ。失敬だな」

「ヒット打つんですよ、新田ちゃん。どのチームのピッチャーも、あからさまに手加減してくれるんすよ」

「あー、それ、目に浮かぶわ。新田ちゃんもピッチャーにヘラヘラ笑いながら、それらしいこと言うんでしょ?」

「言う」

「ゆるい球投げてねー、とか」

「そう」

「わたしもヒット打ちたいーい」

「満塁の場面でもな」

「最強かよ。PKで向こうのキーパーに忖度するようなもんだろ」

「あれはエグかったよな、新田ちゃんのサヨナラヒットで大会優勝」

「みんな若干引いてましたもん。おれ、試合終了の整列の時に何度もすみませんすみませんって謝ったんすよ。でも、負けたのにうれしそうなんですよ。いいんだよいいんだよって」

「ハチャメチャだな、新田ちゃんは」

「あながち、この部隊でも新田ちゃん最強説、ワンチャンありますよ」

「じゃあ関係ないじゃん、Aプラン」

「とにかく正義のヒーローをぶっ倒すやつな。それを新田ちゃん単独でどうにかしてくれよと。おもろいじゃん」

「でも、オヤジさんもどうしてそう思い込んでるのかわからないんすけど、正義のヒーローが若者の男一人とはかぎらないですよね」

「はやしっち、おれもそれ思った」

「そうか。レンジャー戦隊だったら、5名来るわな」

「特殊な訓練を積んだな」

「中川さん、いけると思います?」

「無理っしょ」

「おいおい、おれたちただの野球部とサッカー部だぜ? にわかに恐怖を感じたわ」

「でもさ、はやしっち、一人でも現れると思う?」

「不要不急の外出は控えねばならないですもんね」

「そっちかい」

「冗談ですよ。んなやつ来るわけないない」

「でしょ。サッカー部全員そう思ってるよ」

「なんだよ、老いらくの道楽につき合されてるだけってことかよ。これこそ不要不急だよ」

「中川さん、とはいえですよ。去年のいまごろって、試合してましたよね? なぜいまここにいるかって、これまで経験したことのない事態が起こってるからですよ。だから、ちょっとはですよ、ちょっとはそうとも言い切れないんじゃないかなって、おれは感じてるんですよね」

「なぜならそこに山があるからみたいに、なぜならそこに悪がいるからか。えー? あり得ないって」

「わかりませんよ? こんな悪の組織が大挙してスタンバってるのも、あり得ないんですから」

「林、じゃあどうすればいいんだよ?」

「とりあえず、デスガタニ総統の指示に従っていればいいんじゃないっすかね」

「ならこれはAプラン続行ってことか? さっきから全然動かねえぞ」

「カウンター型の悪党って、聞いたことないよ。このままだとCプランへ移行もあるぞ」

「もしも警察が来たらってやつだよな」

「あ、テレビCM撮影のリハーサルですー」

「解体・撤去のことなら」

「すがたにー」

「創業40年の実績」

「すがたにー」

「二人とも、ガッツリ稽古積んでますね」

「さっさとCプランやって帰りてえよ」

「早く来いよな、警察。こんなにあやしい集団なのに」

「いまのところ来てるのはテレビ局だけですね。まだおれたちに気づいてないみたいですけど」

「となると、Bプランってやつか? 正義のヒーローが来なかったら市民を制圧するっていう。こんな姿でテレビ映りたくねえよ」

「河川敷に集まってバーベキューに興じる輩をこらしめるって、慈善事業かよ」

「Bプランにはもってこいのシチュエーションですけどね。家にいろって言われてるのに、よく集まるよな。人のこと言えないけど」

「おれたちよりやんちゃなやつ、絶対いるって。しかも、酒入ってるからなおタチ悪いぜ?」

「いや、千葉さん、おれたちのほうがよっぽどタチ悪いから」

「ガラになくイキってるな」

「そうじゃないですよ。おれが逆の立場だったら、ラバースーツの集団が押し寄せてくるんですよ。しかも紫の。絶対こわいって。一目散に逃げますよ」

「おれもそれ思った。Bプランがいちばん手っ取り早いよね。正体がバレたら恥のあまりに一生を棒に振りそうだけど」

「じゃあさ、警察のお世話になりそでならないのがいちばんよくね?」

「だから早く警察来いやってのよな。誰か通報しろよー」

「何かのパフォーマンスだと思われるかもしれませんね。ビシッときれいな立ち位置を敷いちゃってるんだもの。前衛の真ん中に一人だけ衣装がちがう、主役っぽい人がいるし。通報すべきかせぬべきか、迷いどころだな。ご丁寧にソーシャルディスタンスを保ってるし」

「林は普段でもマスク代わりにこれかぶるって言うしな」

「ないない! ないないないない!」

「えー? はやしっち似合ってるよ? まだ腹も出てないしさ。おれたち、このパッツパツスーツのために腹筋しないと。なあ?」

「おうよ。ビールで腹タップタプだあ」

「二人とも言うほど腹出てないじゃないっすか! ずりいっすよ、なんかおれだけハメようとして!」

「林、我々の腹のくわしいことは、養老乃瀧での打ち上げの席でだ」

「打ち上げ、ないっすよ! 酒の提供は夜7時までなんだから! わざと言ってるでしょ?」

「はやしっち、5時から行けば大丈夫」

「行かないっすよ! そもそも三密!」

「おまえだけそのスーツ着たまま行けば問題ないだろ」

「入店拒否されるわ!」

「早く呑みに行きたいね」

「だな」

 林の声が河川敷にこだましている。約束どおり、5月は減給だ。

 士気が下がりはじめているのは肌で感じている。少年老い易く学成り難し。言葉の意味は少々まちがっているかもしれないが、いまは、鳴くまで待とうホトトギスの心境を持続せねばならない。正義のヒーローが近くに住んでいるとはかぎらないからだ。多くとも、バイクで30分ないしは45分を念頭に置いて見てやろうと思う。そのことは、彼らには伝えていない。時間を定めてしまうと、終わりが見えてしまう。目的は正義のヒーローを待つことではない。破壊することだ。とはいえだ。我々の破壊活動を正義のヒーローが事後に耳目にして、次回登場というシナリオも考えられるが、この初回に現れるのが望ましい。これは私の欲だ。危惧したくはないにせよ、健康なうちに見てみたい。私の同年配の志村も死んだのだ。この命あってこそだ。

 若者たちよ、いまは耐えろ。正義のヒーローを待ち続けるのだ。

「菅谷会長……会長? デスガタニ総統」

「なんだ、長谷川」

「めんどくさいシステムあるあるだな……」

「ん?」

「いや、いまのはなんでもないです。そんなことより総統、我々、ここに立ち続けて1時間経過してますが」

「そう感じるのも無理もない。いまは我慢してくれ」

「実際、1時間経過してますが」

「なぜわかる? まさか、太陽の角度か?」

「あそこの柱に時計がついてるんで」

「なに? あ、本当だ! らくらくフォンのアラームが鳴るはずだったのだが……」

「なんか鳴ってるなとは思ってましたけど」

「あいつらの話し声で聞き逃したか!」

「おれには聞こえてたんだけど……」

 一気にかなしくなってきた。正義のヒーローはもう来ない。この都市に正義のヒーローはいないのか。いや、デスガタニ、落胆するのはまだ早い。きょうはたまたま来ないだけだ。次回こそきっとやって来てくれるのだ、デスガタニ。

 自らを鼓舞して次なる矢を放つ時が来た。今回はAプランは破棄だ。注釈を入れるが、今回は、だ。Aプランを恒久的に凍結するわけではないことは、みんなに知ってほしい。メインはAプランで、サブがBプランだ。名は体を表すように、Aの次がBであることは、小学生の孫でも知っている。Cプランはイレギュラー対応だ。CでもPでもかまわないが、この20名の中に必ず、PではなくTだと思っていたと言い出すおとぼけ君が若干名いるだろうと推測して、わかりやすくCとした。ポリスのPではなく、チャゲのCだ。チャゲでもチャラでも、各自覚えやすいほうを採用してもらいたいが、私であればABCと覚える。

 そのABCのBを私が振りかざすのだ。私は、杖を天に突き刺した。

 勇敢な若者たちが、私を通り過ぎて行く。新しい世界の幕開けが、浮き世を名残惜しげに回顧するかの如く、それはまさしく私の長い人生に照らし合され、まるでスローモーションで紫のレンズ越しに映し出された。

 世界よ、紫に染まるのだ。革命を突き進む、キャタピラの音をとくと聴け。

 逃げ惑うBBQどもの叫喚を、精鋭たちがじっくりと追い立てんとし、悪の道を一歩また一歩と踏みしめていた。

「待てい!」

 テレビ局のクルーが機材車に乗り込まんとしていたその時だ。甲高い呼び声の主が、自転車で土手を下ってきた。いわゆるママチャリのカゴが、振動でガコガコと揺れていた。

「いま行くからちょっと待てい! よし、ここに停めて大丈夫だよな」

 私の前に立ちはだかる一人の青年は、キョロキョロしながら後輪のスタンドを下ろすと、施錠とチェーンで二重ロックを掛けた。流線型のヘルメットをかぶり、土手を下る時にバタバタはためかせていた季節外れのロングコートをまとった彼が近づいてくると、私は、前もってあたためていた、とっておきの言葉を放った。

「貴様は誰だ!」

「輪廻転生バイリンシャー!」

 私はドキドキしていた。彼の清純な瞳が、イッちゃってるんだもの。

 春だ。

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