宇宙からうんこを落とすとどうなるの?

@dekai3

降り注ぐ、幾つもの流れ星

「博士! 準備が出来ました!!」

「ああ、ワシの準備もそろそろ終わるぞい!」


 国際宇宙ステーション『頂雲ちょううん』に特設された排泄射出用フロアのおまるにまたがり、お尻の部分だけ穴が開く特別な宇宙服を着ている老人は垂流勉三たれながしべんぞう博士。排泄物に関する博士号をいくつも持つうんこの権威者である。

 うんこ達士である彼は毎年夏に電話で子供からの質問に答えるうんこ相談室を開催しており、その内容は世界中に配信されていて絶大な人気を誇っている。

 そして、今年のうんこ相談室にて、ある男の子から来た質問が『宇宙からうんこを落とすとどうなるの?』という物であり、博士はその質問に応える為に宇宙ここでおまるに跨っている。


「しかし博士、ここまでやる必要はあったのでしょうか?」


 国際宇宙ステーション『頂雲ちょううん』のクルーであるダイベーン・モラシテネーゼは、博士の答えの予想が出来ていながらも聞かずにはいられなかった。


 たかが子供からの質問で、宇宙こんなとこまで来るのは馬鹿げた話である。

 博士が宇宙に上がると決めた事で世界中から寄付金や宇宙開発局からの協力要請が来たのだが、この高齢で宇宙飛行士になる訓練をするのは負担が高く、そもそも訓練を突破できる保証は無かった。

 最初から自分達既存の宇宙飛行士に任せてしまえばいいのに、博士は『ワシに来た質問じゃからワシが実践する必要がある』と言ってその任を他者に譲らなかった。しかも、宇宙飛行士に必要な訓練を平均よりも早く終え、その上宇宙服を着た上で負担無く排泄出来るシステムまで作り上げたのだ。並大抵の覚悟で出来る事ではない。

 博士の事だ。希望に満ちた目をしながら、世界中にうんこの素晴らしさや可能性を魅せる為にやる必要があると言うのだろう。ダイベーンはそう予想していた。


「ワシもな、昔思ったことがあるんじゃ…」


 しかし、博士はまるで壁の向こうの地球を見つめるかの様な遠い目で、ダイベーンの予想とは違う言葉を口にする。


「えっ…?」


 ダイベーンは予想とは違う言葉が博士の口から紡がれた事に驚き、声を挙げた。

 ダイベーンは子供の頃に酷い虐めを受けた人物であり、うんこの事を心底憎んでいた過去がある。うんこがあるから自分の名前をからかわれるのだと。

 だが、博士はそんなうんこ憎しに燃える幼い頃の自分に対して『うんこはとても大切な物なんじゃ。うんこが出なければ人は死んでしまう。うんこがあるからこそ人は生きていける。君はそんな人が生きる為に必要な物の名前を持っている。それはとても幸福な事なんじゃ』と言った事があり、それにより(私もうんこみたいに人の役に立ちたい!)と決意したダイベーンは過酷な訓練を潜り抜け、女性最年少で宇宙飛行士になったのだ。

 そして、(自分の事は覚えていないだろうが、恩師である博士の手伝いをしたい)という思いで頂雲ちょううんへの転属願いを出し、ダイベーンは頂雲ちょううん国際宇宙ステーション所属ダイベーン・モラシテネーゼ特別班長となったのだ。

 だからこそ、ダイベーンは博士が遠い目をしているのに驚いたのだ。博士は常に前を見ていて、漏らした後など振り返らない崇高な人物だと思っていたのだ。


「高層マンションでうんこをした場合、下水管を下ってうんこは地上まで落ちていく筈じゃが、そのうんこは最後まで形を保っちょるのか、エンジェルフォールの滝の水みたいに途中で拡散しちょるのか。どうなるんじゃろかと…こんな話はずっと忘れちょったんじゃが、あの少年の言葉で思い出しての…」

「博士…」


 博士の真剣な横顔を見て、ダイベーンは自分が勘違いをしていたことに気付く。

 同じなのだ。

 博士はうんこ相談室に電話を架けてくる子供と同じで、うんこに対する好奇心が旺盛なだけなのだ。

 それが何なのか知りたいという好奇心に突き動かされているだけであり、様々な研究結果は好奇心を満たした後の副産物なのだと。


「博士…やりましょう! 地上へ戻ったら高層マンションフリーフォールうんこをやりましょう!」

「そう…じゃな。そうじゃ! 大気圏突入うんこの次はフリーフォールうんこじゃ!」


 ダイベーンはそんな博士の少年の様な心に引く事無く、逆に賛同した。

 好奇心に突き動かされる事は恥では無い。これこそが人類が発展した原動力。地球から宇宙へ旅立つのも、うんこを宇宙から落とすのも、同じ事なのだ。


『まもなく投下地点に入る。二人とも、準備は大丈夫か?』


 博士とダイベーンが決意を改めた時、管制室から通信が入った。

 うんこの投下はどこでもいいという訳ではなく、排出する角度や速度、デブリの有無等の様々な条件が必要だ。

 このミッションは激務である博士のスケジュールを元に調整されており、選別出来た投下地点は一ヶ所だけである。

 この場所でうんこを投下できないとなると一度地上に戻ってから再度博士のスケジュールを調整して宇宙へ行くことになるので、どれだけ短くても一年以上かかってしまう。それではせっかく質問をしてくれた少年に示しが付かないばかりか、ここまで支援してくれた大勢の人間の期待を裏切る事になってしまう。


「大丈夫じゃ! 後はワシがしたうんこをタイミングよく投下するだけじゃぞい!」


 ミッションの内容は簡単だ。

 投下地点になるべく近い場所で博士がおまるにうんこをし、それをおまる下部にある排出孔から地球へ向けて排出するだけだ。

 うんこは鮮度の事を考え、なるべく直前で出す様に決めてある。

 万が一うんこが下痢だったり少量で成果が分かりにくいなんて事は無い様、博士は自分の研究を元に作った宇宙でも立派なうんこが出来る良排便宇宙食を食べている。

 排便のバイオリズムも上手く調整してあり、後は出すだけなのだ。


『このミッションは世界中の人間が注目している。テレビやラジオの中継だけじゃない。世界の半分の場所で人々が空を見上げて博士のうんこを見ているんだ。立派な物を頼みますぜ!」

「おうとも! 見事な一本グソをひり出して見せるからのぅ!」


 管制室とのやり取りが終わると、博士はおまるに設置されたカメラのスイッチをオンにした。

 全世界に尻の穴とうんこを中継される事になるが、ちゃんと陰部は隠れる特別性の宇宙服なので大丈夫だ。


「それではうんこを出すとするかの。ダイベーンくん、臭かったらすまん」

「宇宙ではトイレでうんこまみれになる事もあります。慣れっこですよ」

「ははっ、それは良い」


 何が良いのか全く分からないが、おまるの取っ手を握り下半身に力を込めだす博士。おまる内のカメラの様子は世界中に中継されていて、博士の使いこまれたアナルローズが世界中のTV画面にくっきりと映る。

 後はここからうんこをおまるに出すだけで良いのだが…


「う、うーん…うーん……」


 博士は何やらうなり声を挙げて、小刻みに震えている。


「うーん……ううーん……」


プルプル プスー


 博士のアナルローズから空気の漏れる音が聞こえた時、ダイベーンが気付いた。


「は、博士…まさか…」

「け、計算外じゃ…まさか、ワシがここに来て…便秘になるとは……」


 便秘。

 それはうんこが出ない事。

 原因は様々な物があるが、今回の場合は良排便宇宙食を食べすぎたのと環境の変化によるストレスだろう。

 今までとは違う状況で腸がびっくりしているのだ。


「は、博士。浣腸は無いんですか?」

「持ってきちょらん…まさか、こんな時にワシが便秘になるとは思いもせんなんだ…」


 排便に関する絶対の自信が仇となり、うんこを出す道具を用意してこなかった博士。このままでは投下ポイントを過ぎてしまう。


『どうした博士? トラブルか!?』


 おまる内のカメラにうんこが現れないのを心配して、管制室から通信が入る。


「なに、ちょいとばかしうんこの波動を高めちょるだけじゃ。安心せえ」

『そ、そうか。それならいいんだが…』


 ここで『うんこが出ない』という訳にはいかず、咄嗟に誤魔化す博士。

 様々な人の手を借りて宇宙そらまで上がったのだ。今さら出ませんでは済ませれない。


「(博士…どうなんですか?)」


 ダイベーンは管制室に悟られない様、宇宙服の無線で博士に問いかける。


「(ダメかもしれんの…)」


 しかし、博士はぷっくりと垂れ下がるアナルローズの様に意気消沈してしまっている。うんこに詳しいから分かるのだ。このまま投下地点までにうんこを出すのは不可能だという事に。


「(そんなっ! 何か方法は無いんですか!?)」

「(残念じゃが…)」


 すっかり諦めてしまった博士を見て、ダイベーンは再度ショックを受ける。博士の熱意はこんな物じゃなかったはずだ。もっと前向きにうんこに真剣だったはずだと。

 しかし、ダイベーンからは見えないがおまるの中の博士のアナルは既に踏ん張りすぎで脱肛ギリギリな状態になっており、このままでは外科手術が必要なまではみ出てしまう。宇宙で手術が出来る訳も無く、この状態では諦めるしかないのだ。


「(すまんの…ダイベーンくんに『うんこが出無ければ人は死んでしまう』と言ったことがあったが、ワシがそうなってしまった…うんこ博士失格じゃ…)」

「(博士…覚えてっ……)」


 博士の言葉に、ダイベーンは感極まった。


 幼い時に一度だけ会った自分を覚えていてくれた。

 今まで関わってきた大勢の子供の中から、たった一人の自分を覚えていてくれた。

 なんという人だ。

 そんな人がこんな所で終わっていいのか。

 世界中に恥を晒してもいいのか。

 そんな筈はない。

 ならば、博士の為に自分が出来る事をしよう。

 宇宙飛行士になれたのは博士のお陰だ。

 ならば、宇宙の事で恩返しをするのは今しかない!


 ダイベーンは博士の偉大さを再認識し、覚悟を決める。


「(博士、私が替わります)」

「(なんじゃと?)」

「()」


 ダイベーンは博士の代わりにうんこをする事を決めたのだ。

 つまり、世界中に自分の排泄を魅せ付け、自分が出したうんこを地球へ落とすという事だ。

 うんこの権威の博士だから許されていただろう事を、一介の宇宙飛行士が成そうと言っているのだ。生半可な覚悟ではない。


「(し、しかし、君では…)」

「(私はこの数日間、博士と同じ食事をしていました。うんこのコンディションに問題はありません。そして、私は宇宙飛行士です。頂雲ちょううん国際宇宙ステーション所属ダイベーン・モラシテネーゼ特別班長です。責任は私が取ります!)」


 覚悟を決めたダイベーン。その目は先程までの博士に憧れを持っていた少女ではない。今回のミッションをクリアーすると決めた宇宙飛行士の目だ。


「(…それしか無い様じゃな)」

「(はい、ベストを尽くしましょう)」


 その覚悟に博士は折れ、跨っていたおまるから尻をどける。


『どうした博士? 投下地点は直ぐそこだぞ?』


 すかさず入る管制室からの通信。

 無理も無いだろう。うんこが出てこない所か、画面から博士のアナルローズも消えたのだ。世界中のテレビ局も混乱している。


「やはりな、宇宙の事は宇宙飛行士に任せる事にしたんじゃ」

『は、博士?』

「いけるな、ダイベーンくん」

「任せてください。博士のより見事な一本グソをひり出して見せます」

『ダイベーン班長!?』


 管制室の混乱を余所に宇宙服の股間のパッチを開け、おまるに跨るダイベーン。

 うんこの権威者の垂流勉三たれながしべんぞう博士ではなく、女性宇宙飛行士が肛門を晒している事に世界中の人間が驚いている。

 だが、ダイベーンの目に迷いは無い。世界中に排泄を見られようとも、立派なうんこをするのだという固い意志がある。


『……どうやら色々な事があったみたいだな。OK、ミッションを一部変更する』


 博士とダイベーンの間にあったやりとりは分からずとも、二人が覚悟を決めていることは分かる。

 だからこそ、管制室もこれ以上は何も言わなかった。


『全世界へ通達。投下されるうんこは博士の物じゃない。女性宇宙飛行士最年少のダイベーン班長の物だ。この土壇場での変更は宇宙の事は宇宙飛行士に任せるという。二人に敬意を』


 その瞬間、管制室に居る全ての人間が立ち上がり、二人に向けて敬礼をした。


「ダイベーンくん、投下地点まで後僅かじゃ! 急ぐんじゃ!」

「はい! ダイベーン出します!!」












 頂雲ちょううん国際宇宙ステーションが投下地点に到達した時、下部に取り付けられた専用のハッチから茶色いバナナ状の物が投下された。

 それは大気圏内を物凄い速度で降下し、空気の圧縮による熱で乾燥して粉々になり、輝きながら世界中へと散っていった。

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