第6話 二人の想い出の桜の木


 始業式が終わり、皆が教室に戻って来た。

 そこで担任の女性教師から後日の連絡を聞いて今日の学校は終わった。


 隣にチラッと視線を向ければ彼が先に何処かに行ってしまった。

 きっと先に行って待っててくれるのだろう。

 ここは彼の好意に甘えて今話している仲の良い友達と話し終わってから行くことにした。


「もぉ、美佳達の話し長いんだから……」

 私は急いで彼が待つ場所に向かった。

 向かう途中、もしかしたら彼が怒っているのではないかと思うととても不安になった。


 でも彼は恐らく何も言ってこないだろう。

 彼はいつも優しいから。

 私の病気に関係なく、彼は……ううん君は人の気持ちを。

 違う。私の気持ちの一番の理解者だったから。


 私が待ち合わせの場所に着くと、そこには誰もいなかった。

 きっと謝れば君なら許してくれると思っていた。

 だけど、違ったみたい。


 私が来るの遅かったからきっと怒って帰ったのかもしれない。


 そう思うと。

 心が沈み、何故か涙が出てきた。


 私にとっては思い出の桜の木。

 だからなのかな……。

 こんなにもいつの間にか忘れていた過去の記憶が……。

 走馬灯のように流れてくるのは。


「私達友達じゃダメなのかな……」


 すると付き合っていた時には見えていなかった部分が見えた。

 言い方を変えれば別れたからこそ気付いた部分があった。


「そうだ。私が会いたいって言ってた時……」


「君はいつも会いに来てくれてた……」

 それが当たり前だと思っていた。

 だけどそれは違う。

 君は当時本を書いていた。


「体調が悪い時や病気で不安の時はいつも話しを聞いてくれてたんだ」

 だけどその本はいつしか連載が止まった。


「そうだ……私が我儘ばかり言ってたせいで私との時間が増えたからだ」

 その時の君の顔は今でも覚えている。

 まるで大切な物を失ったような目をしていた。

 それから君の笑顔は徐々になくなっていた。

 そう私の不安と引き換えに。


「……そうか君は、何も言わないだけで私の為に大好きな本を書く事を止めたんだ」

 本を書いた事がない私には正直わからない。

 だけど、本を書くのが簡単じゃないことはわかる。

 きっと私がいざ書こうと思えば、短編でもかなりの時間がいる気がするから。

 だったら長編を書いていた君の場合は一体どれだけの時間がいるのだろう。


 読者の事を考えないで作った作品は完全な自己満足による所が大きい。

 と、私は思っている。

 それが悪いとも思わない。

 だけど、君の作品は違う。

 読む人の背中を優しく押し勇気を与えてくれる作品だった。

 読んでいて楽しくて、笑えて、ドキドキとワクワクをくれる作品なのに勇気までくれる。


 私は少し昔の事を思い出す。

 中学の頃、私は心臓の病気にかかった。

 だけど勇気が出ずに手術を受ける事を拒んだ。

 成功確率が20%。

 そんな失敗の方が多い手術を受けて死ぬぐらいなら一日でも長く生きたかったから。

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