第5話

「いて......さっき、あれ『ら』って言ったよな?」

「誰かがやらしいことをしているからですわ。事件が起きたと聞いて、飛んできたのに。」


 扉ごと破壊したのは、入り口で上品な笑みをうかべている女性、モネ。正しくは、モネが召喚した、背後にいる白いロングドレスに身を包んだ婦人だろう。傘をしまっているところから、先程くらった暴風の正体を知る。傘ってあんな使い方あんのな。凶器の知識が、またひとつ。


「で、その娘が犯人で良いんですの?」

「どうだろう。聞いてみないと分かんないな。」


 驚きのあまり放心している、座り込んだままの女子生徒へ近寄る。かがんで目線を合わせて、改めて『共感覚』を発動させた。


「濃い緑色。やっぱり、「恐怖」だね。」

「あら。「悲しみ」をつきつけて「絶望」させてやるのはどうでしょう?」

「......それは、やめておこう。仮にも、俺の後輩だし。」


 モネの機嫌が悪くならないうちに、片付けた方が良さそうだ。もう一度、女子生徒に話しかける。まずは誤解を解いて、「恐怖」をやわらいで「恐れ」にさせるところから。


「まず、君は勘違いしてるよ。結婚するのは、俺じゃない。」

「え?だって、先生たちが、結婚おめでとうって......」

「そっか。この年だと式に出たことないか。高校の同級生が結婚するから、お祝いの言葉を集めて、ムービーにしようと思って来たんだ。」

「じゃあ、この割り込んできた女は?」

「彼女は、バイト先の同僚。」


 言われた途端、部屋を覆っていた禍々しい雰囲気が霧散する。「恐れ」がやわらいで「不安」になれば、あと一歩だ。


「あと、わ、私。先輩に完全に忘れられてたのかと......」

「忘れてたよ、ペア学級のダンスなんて。自分のことで精一杯だったし、あの頃は。でも、君を病院で見かけたことは憶えてる。」


 あれは、いつもの診察を終え、総合病院のロビーでお会計を待っている時のことだった。


 女の子が、泣いている弟や妹たちをなだめていた。「泣き止まないと、お父さんに殴られるよ。」怒ったような、困ったような声が聞こえた気がする。どこかで見かけたことがあるが、思い出せなかった。


 診察を終えて、安心していたこともあるだろう。無意識に能力を発動させて、その子を『見て』しまっていた。


「君は、『絵を支配する』ことのできる、特別なヒトだから。」


・・・


「でも、裏の部屋にムンクの『叫び』がかけてありますわ。その娘も『ニセモノ』では?」

「それは、誰かがかけたんじゃないかな、罪をなすりつけるために。この子は、別に絵が無くても、絵を呼び寄せることができるはずだから。」


 殺意を抑えきれないモネをなだめる。途端に、女子生徒......名前忘れたから、もうムンクでいいか。分かりやすく、目を輝かせるムンクちゃん。

 

「私が、先輩の、特別......!?」

「あ、いや。そういうわけじゃなくて。うーん。巷で事件を起こす大半は『絵に感情を支配された』人たちだ。「恐れ」を感じて怖い絵を見ると、ひどくなった恐れが「恐怖」になって、バケモノと化す。こうなるともう、絵の奴隷だね。でも君は、違う。自分で絵を呼び寄せておいて、それから「恐怖」という感情を抱いた。順番が、逆なんだよ。完全に。」

「どうして、先輩は分かるんですか?私の感情が。」


 うん、すごく良い質問だ。さすが医者の娘。するとモネが、嬉しそうに横から口をはさんできた。あなた、そんな事も知りませんの?とでも言いたげに。


「伊藤さんはヒトの感情が色で見えるんですの。強い感情ほど、色が濃いんでしたっけ?だから、貴女がそんなに「恐怖」を感じてないのに、絵を召喚できたことに気づけたんですわ。」

 

「あと、君が俺に好意を抱いてないのもね。あるべきはずの「期待」が見えなかったし。でも「恐れ」は確かにあるんだ。多分、こうじゃないかな。」


 いい加減、しゃがむのも疲れてきたので、立ち上がった。ムンクちゃんは、こちらを見続けてくれている。根は素直な子なのかもしれない。


「誰かに命令されて、これをやるように仕向けられた。」

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絵を見ると吐く俺、特殊能力で画家たちと異能力バトルする。西洋美術系、暗黒ファンタジー かのん @izumiaya

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