第4話

 確か、数分前の出来事だった。


「あっ、いとークン。エリが呼んでわよ。美術室に来てって。」

「は?誰ですか、それ。」


 無事に職員室で先生たちから祝福の言葉を撮り終えたら、保健室の宮地先生に呼び止められた。卒業してから、随分と色っぽくなったな。Vネックのセーターからブラが見えそうだ。


「3Aの、色白で背が小さい......って、知り合いじゃないの?」

「知らない。ていうか美術室って、今は入っちゃいけないんじゃないですか?」

「立入禁止になる前に忘れ物したらしいのよ。あの子、美術部員だから。」


 どうせ助っ人が来る前に動く気はなかったから、まあ行ってみるか。さすがに絵は全部取り外したらしく、危険はないだろうし。そんな軽い気持ちで美術室へ向かったのが、運の尽きだった。


・・・


 美術室の異質な雰囲気に気づいたのは、足を踏み入れた瞬間。空気が明らかに淀んでいる。窓もカーテンも締め切られているとか、そんな理由じゃない。


 扉の前に立っていたのは、恐らくエリと呼ばれた女子生徒だろう。確かに、どこかで見覚えがある。色白で儚げ。今にも壊れてしまいそうな顔をしていた。


「お久しぶりです、先輩。」

「えーっと、ごめん。どこで会ったっけ?」

「小学校のペア学級ですよ。先輩が小6で、私が小1でした。一緒にダンスをして......ふふ。」


 うん、どうりで覚えてないはずだ。すると女子生徒は黙っている俺へ近づいてきて、長い睫毛を伏せ、不意にーー俺の首筋に、歯を立てた。


「んっ......先輩の血って、こんな味がするんですね......」

「吸血鬼なの?」

「違います。愛の痛みです。」


 確かに血をたくさん吸われているわけではなさそうだ。それで興奮するような性癖はあいにく持ち合わせていない。満足したのか、自分から離れていった。顔を赤くして、目をそらされる。恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。


「でも、勝手に結婚するなんて、ひどいじゃないですか......」

「は?」

「私、先輩を失うと思うと、こわくて、こわくて。」


 目があった途端に、部屋が歪む。いや、歪んでいるのは俺なのか。すると、もっと歪んだ笑みを浮かべた女子生徒は、言うのだった。


「自然と、叫びだしそうなんです。」


 ああ、思い出した。こんな風に笑う女の子に、過去に会ったっけ。あのときも、確かーー


「あれらをぶっ飛ばしてくださいな。『日傘の女性』。」


 忘却の彼方への旅は、轟音と衝撃波によって強制的に終了させられた。


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