第三話 情報は重く②

奈代輝夜なよかぐや……あぁ。クラス委員のね」 


 僕の質問の内容に、一瞬誰だ? と言う顔を見せたがすぐに自分のクラスの委員だと思い出したようだが、逆に怪訝けげんそうな顔される。


「そんなの俺に聞くんだ?」

「気になることがなってね」

「本人と直接話せばいいんじゃないか?」


 正しい意見だった。

 でも違和感の正体を本人に聞くのは地雷のような気しかしないため、そんなことは出来ない。

 何より、コミュニケーション能力がゴミムシの僕がいきなり女子に話掛けて、「僕のこと嫌ってる?」なんて聞けるはずがない。

 いやコミュニケーションゴミムシじゃなくても、普通の男子なら仲が良いとは言えない女子に自分のことを聞くなど正気の沙汰ではないだろう。

 そんなことできるのは、能天気のうてんきなやつか生まれつきのようキャしかいない。

 少なくとも、自分にはコミュニケーション能力があると勘違いしていた僕には出来ない。

 

「それができれば助かるだけどね」

「なるほどなるほど。そういうことか」


 わざわざ説明する必要もないので、笑って誤魔化ごまかそうとするが、直谷は何か勝手に納得した。

 きっと、僕が奈代さんのことを好きなのだろうと勘違いしているのだろうけど、今はその間違いのままにしておいた方が楽そうなので、何も言わないようにしておこう。

 後で訂正ていせいすればいい。


「とは言っても、俺も別にそんな知ってる訳じゃないけど、良いのか」

「良いよ。知っている限りのことで」

「そうか。なら、全然大丈夫だ」

「ありがとう」


 直谷が僕の提案を承諾すると、僕はお礼を言いながらパンを幾つか渡す。

 

「サンキュー。助かるよ」


 パンを受け取り今にも涎を垂らしそうなだらしない表情をする。

 少し犬に餌付けをしている感があるが、言わないおこう。


「じゃあ。教室に戻るか」


 受け取ったパンを抱えて教室に戻ろうと提案する直谷に、きもやす。

 きっと教室で直谷と話していると周りの視線にさらされることになる。


「あっ。いや、教室はちょっと」

「あー。本人に聞かれるとまずいもんな」


 違うそうじゃない。

 仲の良い奴が多く、早くもクラスの中心になりつつある直谷こいつと既にクラス内で引かれつつある僕が二人でこそこそと話をしていたら、間違いなく周りの注目の的になる可能性がある。

 そうでなくとも、興味を持った奴が割り込んで入ってくるかもしれない。

 その時に僕が奈代さん情報を集めていると知られたときに、更に引かれたり、あらぬ疑いを掛けられてありもしないうわさ風潮ふうちょうされては困る。

 ただでさえ、居場所がなくなりつつある教室が更に気まずくなってしまう。

 ネガティブ思考しこう過ぎると言われかもしれないが、高校デビューに失敗して、既に周りとスタートラインで差を付けられた僕にはこれ以上周りと離れる訳にはいかない。

 そのため慎重しんちょうになるのは仕方ないことだ。

 全国の日陰者ひかげものにはこの気持ちが分かると思う。

 しかし、そんな負の考えを話してもお互い得はしない。

 なので、ここでも本音は語らずに否定ひていせず黙る。


「まぁ。そう言う訳だから、場所だけ変えさせて」

「俺は全然構わんよ」

「ありがとう。じゃあ、ついて来てもらっても良い? 良い場所あるから」

「今日は暑いし、外は止めてくれよ」


 確かに今日は五月にしてはとても暑い。

 日差しは強く、長く外に居たら日焼ひやけしてしますかもしれない。

 なので、僕もこんな日に外で食事など遠慮えんりょしたい。


 「大丈夫。教室みたいにエアコンは無いけど、扇風機せんぷうきくらいならあるから」 

 「それならOK」


 僕の返答に直谷は満足と言った感じで返事をしてくる。

 話もまとまった所で、未だに戦場となっている購買こうばいを後にして、目的の場所に向かう。



 目的の場所は僕たちの使っている校舎から少し離れた場所にある部室棟だ。

 ここは文化部用ぶんかぶようの部室棟で、運動部用うんどうぶようの部室棟は別にある。

 そのため、放課後はここはとても静かで過ごしやすい。

 そして、何故ここに来たのかと言うと、僕はある部活に属しており、その部室を使うためだった。

 

「藤原は何の部活だっけ?」


 部室棟の外側にある階段を上がりながら、直谷が聞いてくる。

 その疑問は最もだった。

 僕は誰にも自分の部活のことを話していない。

 というよりも、誰も話す相手がいない。………泣きたくなってきた。


将棋部しょうぎぶ


 泣きたい気持ちを堪えて、平常心を保ち答える。

 正確に言えば、将棋部と文化研究部ぶんかけんきゅうぶといういわゆる外面そとづらを取り繕った漫研に所属しているが、この早い段階で変にオタクだと思われてもなんか嫌だったので、将棋部とだけ答える。

 勿論、直谷は偏見へんけんなど持たないとは思うが周りに尾ヒレがついて周りに広まって欲しくないので、まだ言わない。

 実際にこれから向かうのは将棋部の部室であるため、言わなくても問題ないだろう。


「俺、文化部用の部室棟って初めて来たけど、運動部用のやつと違うな」

「そうなの? 逆に僕はそっちには行かないから知らないけど」

「今度来てみるか?」

「……機会があれば」


 多分無いだろうけど。

 などと話してると、部室の前に辿り着く。


「どうやって入るんだ? 鍵は職員室だろ?」


 そう。うちの学校は基本的に部室に入る時の鍵は職員室で借りなければならない。

 だけど、ここに来る間に職員室によっていないため直谷が疑問に思うのも仕方のないことだった。

 しかしそこは抜かりない。

 部室の扉の横にはすりガラスの窓が付いており、勿論そちらの方にも鍵はついているが、内部から掛ける式の物で窓だけ閉めて鍵を開けておくことが出来る。

 そして窓から手を伸ばしすとドアの内鍵に手が届いてしまうのだ。

 つまり鍵なくとも窓さえ開いていれば簡単には出入り出来るのだ。

 初めてこれに気がついた時は、この部室棟を作った人は何も考えなかったのか? とも思ってしまった。

 

 「開いた」

 「おお!」


 直谷が感嘆かんたんの声を上げている所を見ると、運動部の部室ではこのやり方は出来ないのだろう。

 つくりの違いか何かは知らないが、もしもなら同じ部室の形なら、誰もが気が付くものだ。


「あっ。靴は脱いでそこのロッカーの中に入れておいて」


 四畳半程度よんじょうはんていどの広さの部屋にはテーブルが二つと椅子が四つ、ちょっと大きい本棚が一つとロッカー、そして扇風機が置いてある。床には焦げ茶色のカーペットが引かれている。

 そのため土足厳禁どそくげんきんであり、ロッカーは二段なっており、上の段を靴箱代わりに使っている。


「へぇ。土足厳禁なのか、そこもこっちと違うな」


 そう言いながら、直谷は面白そうに部室内を見回っている。

 僕は扇風機を点けてさっさとテーブルにパンを置いて椅子に座る。

 

「先輩とかは来ないのか?」

「先輩たちは三つ上に居たみたいだけど、僕が入った時点では誰も居なかった」

「それ、部活としてセーフなのか」

「元々、今年誰も入らなかったら潰れる予定だったらしいよ」

「へぇ。ってことは、この部屋はお前だけのものなのか」

「まぁ。そういうことになるかな」

「学校にプライベート空間があるって良いな!」


 それには心から同意だ。

 学校内にもしもの逃げ場があるというのは安心感あんしんかんがある。

 部屋を見るのを満足したのか、直谷も僕の向かい側に座り同じくパンを広げる。

 袋を開けて、一口食べると満足そうな顔をした。

 それを飲み込むと、真顔に戻りこちらに視線を向けて来る。

 ようやく本題に入れそうだ。


「で、委員の何を聞きたいんだ?」


 直谷に言われて、再び考える。

 何を聞くか。

 とりあえずは無難に直谷から見た奈代さんの印象を聞くのも良い。

 しかしそれは後でも良いことが。

 真っ先に聞いてみたいこととしては……。


「奈代さんって、何か噂とかない?」

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