第二話 情報は重く①

 五月に入り、すぐに行われた席替えに手に入れた窓際一番後ろという極上の席から担任がホームルームで連絡事項や午前の授業も全てを集中して耳を傾けて、受けているとすぐに昼食の時間になる。

 周りのクラスメイトはチャイムがなり、先生が出ていくとほぼ同時に席から立ちあがり、各々この一ヶ月で仲良くなった友人とグループを作り、お弁当を広げたり、学食へと向かっていく。

 しかし、僕にはそんな仲の良いことをする友人はほとんどいない。

 片田舎出身の僕には、友人作りは難易度が高かったようだ。

 それを自覚できたのもの最近のことである。

 田舎のクラスメイトなど幼小中と同じ面子しかおらず、小さい頃からの付き合いのため、わざわざコミュニケーションを取ろうと意識しなくても会話は出来ていたし、慣れ親しんでいた。

 人であるから、長く付き合っていても嫌いな人や苦手な人は少なからずいたが、そんな人相手でも全く問題なく会話は出来ていた。

 幼稚園の頃から同じ人であるため、みんなお互いのことを名前で呼ぶことに違和感を持ってもいないし、相手に気を遣い過ぎるということもしなかった。

 ずっと一緒であるため、その場の些細な空気を変化も読み取ることも出来ていたし、その対処の仕方も心得ていた。

 喧嘩も起きるが、すぐに仲直りもする。

 有り体で言ってしまえば、とても仲の良いもので、僕もその関係は好きだった。

 しかし、好きであることとその関係性をずっと持ち続けていたかは別である。

 僕はその閉鎖的な環境に飽き飽きしていた。

 だから、高校進学はちょうど良い機会であると考えて、遠くの学校をわざわざ選択した。

 高校進学で皆散文的になるとはいえ、大体の人は中学の近くの高校に行くため、同じ関係性を高校に持ち込むことは多く、中学の人とつるみ続けることが多いパターンだ。

 そして、それも問題はなかった。

 最初は中学の仲の良い人とグループを作りながら、少しずつ関係を広げて新しい関係を作る。

 それもありだとは思ったが、僕は折角なら誰も自分のことを知らない場で一からリセットして友人を作っていきたいと思った。

 だけど、それが間違いだった。

 当たり前のようにコミュニケーションを取れる環境で育って来たせいで自分のことをコミュニケーションを取れる人間とこと勘違いしてしまった。

 簡単に言ってしまえば、初対面での距離感を間違えたのだ。

 教室での初めてのホームルーム際に一人ずつ自己紹介を行い、その後普通に仲良くなろうとしたが、初対面のクラスメイトを下の名前で呼んだり、スキンシップを取ったりしたため、その場は笑って誤魔化してくれたが、少し引かれてしまった。

 自分にとっての当たり前が、当たり前ではないと知った時、僕は落ち込み、それ以降自分からコミュニケーションを取ることに忌避きひするようになった。

 そのため、会話を出来ないわけではないがこれと言って仲が良い友達がいないという状態になってしまった。

 だから、今も誰かと一緒にどこかに食べに行ったり、集まって弁当を囲むということもせず、席を立ち上がり購買に向かう。

 両親が共働きのため、お弁当を用意出来ないと母親から既に言われており、時間があるときは自分で用意しているが、今日は例の如く時間がなかったため、用意はしてない。

 だが、そんなときに役に立つのは購買だった。

 中学は給食だったため、購買というものはなかったが、この高校には昼休み限定で開く購買がある。

 取り扱いはパンのみだが、その品揃えは豊富で定番のものから菓子パン、中にはクレープも置いてあり、腹を空かせた男子生徒やデザートようにと買いに来た女子生徒に大人気であった。

 購買の前に辿り着くと、既に購買には多くの人が波の様に集まっており、人垣で置かれているパンが後ろからでは見えなくなっている。

 全員が我先にと飛び込み、購買のおばちゃんが、行きつく暇もなく渡されているお金を受け取りそれを一生懸命人を捌いているが、一向に人が減る様子がない。

 入学直後は、その戦場のような状況に何もできずただ立ち尽くすのみだった。

 しかし、ここで臆していては何も買うことは出来ない。

 人が去る頃には残っているの不動の不人気商品であるコッペパンが数個残るのみとなってしまう。

 コッペパンでも午後を授業を乗り切る分には十分だが、満足感を得ることは出来ない。

 なので、この戦場で勝つ必要がある。

 僕は意を決して、人の波に飛び込む。 

 左右から掛けられる強力な圧力にも屈さずに、少しでも人の隙間を見つけたら掻き分け、時に流れに身流して何とかパンの見える距離まで辿りつく。

 目的のパンをいくつか見つけると、手を限界まで伸ばして掴み取る。

 そして、金額分のお金をおばさんにパンを見せながら渡す。

 おばさんは一瞬だけこちらをみて、「まいどー」と声を飛ばす。

 あの一瞥だけで何のパンかを把握して。渡された金額があっていることを確認しているのだから、凄いと思う。熟年の技というものだろうか。

 もしかすると計算はしておらず、生徒がちゃんと渡すという良心に任せているのかもしれないが、そこに関しては僕のあずかり知らぬ所なので、無駄な考えは止めて、さっさとこの人垣から抜け出す。

 抜け出すと、重苦しい空気は消え、ゆっくりと空気を吸い込める。

 この戦いを終えた達成感は金では得られない気持ち良さがある。

 

「あぁ。この中を行くのか」


 僕が充実感に浸っていると、人垣を抜けた先から見知った声が聞こえて来る。


「流石にこの中を行くのは面倒だなぁ」


 購買前の群衆を間に溜息を漏らす男子生徒に僕は声を掛ける。


「何してるの? 漢部あやべ君」

「あれ? 蓬星ほうせいじゃん何してるの?」


 僕の声に反応して、その人物は驚くようにこちらを向く。


「藤原で良いよ。名前じゃなくて」

「それを言うなら、お前も俺のことは直谷って呼んでくれ、苗字はあんまり好きじゃないし。あと呼び捨てで良いから」

「ごめんごめん。最近苗字を呼ぶように矯正してたから」


 僕の言葉に、直谷は穏やかに笑って同じようなことを返してくる。

 漢部直谷あやべなおや。同じクラスメイトであり、今のところ唯一僕とよく話をしてくれる友人だ。

 バスケ部に入部しており、中学の頃から運動部に所属していたようで背も高く男らしいガタイをしている。僕もそのガタイの良さは時々羨ましく思う。

 ガタイと反して、目元は柔和で純粋な少年の様な幼さが残る。

 そのギャップが良いとこの前、クラスの女子が話していた。はっきり言ってモテる部類だろうけど、本人はそれを自覚していない。しかし、僕はこの友人が誰かから告白されて、それを自覚するのも時間の問題だと思っている。

 性格も良く、誰に対しても人当りが良く、僕が最初に名前で呼んでも引かずに笑ってくれ、それ以降も良く声を掛けてくれる……完璧かな?

 ただ、自分の苗字が古臭いという理由であまり好きでは無く名前で呼ぶように周りには言っており、その辺りが僕と同じ事情があり気が合う。

 僕も、自分の藤原蓬星ふじわらほうせいという名前が好きではない。

 正確に言えば、好きではなくなった。

 田舎に居た時は気にしなかったが、こちらに来てから自分の蓬星という漢字が少し攻めた字の様に思い、少しだけ恥ずかしくなった。

 そのため、自分と話してくれる人に対しては苗字で呼ぶように言っている。


「で、直谷は何をしてたの?」

「ああ。朝が少なかったせいで弁当だけじゃあ足りないと思ってな。パンでも買っておこうかと思ってきたけど、ここまで凄いとはな」

「初めてだと驚くよね」


 そう言う直谷の言葉に僕は空笑をする。

 どうやら購買に来たのは初めてのようで、目の前の光景に圧倒されていた。

 僕自身、最初はその光景に茫然としてしまったので、気持ちは良くわかる。


「で、買いに行くの?」

「ん~。どうしょうかな。この中を突っ込むのも面倒だし」


 確かに、弁当があるならわざわざここに突っ込んでいくリスクを取る必要はない。

 何より疲れるし。

 顔を曇らせながら諦めようとする直谷に、僕は一つの考えを思いつく。


「なら、僕の買って来たやつでよければいる? 多めに買ったし」

「良いのか?」


 僕の提案に、直谷は顔を明るくする。


「僕は全然構わないよ」

「サンキュー。助かるよ」


 僕が抱え持つパンに喜々とした表情で手を伸ばそうとする直谷から、パンを一歩引かせる。


「ただし、条件がある」

「条件?」

「別に難しいことじゃないよ。少し教えて欲しいことがあるだけ」


 そういう僕の言葉に直谷は怪訝そうな顔を向けながらも、条件の内容を聞いてくる。


「教えて欲しいこと?」

「そう」

「何について?」


 僕は朝の出来事を思い出しながら、知りたいとある人物の名前を告げる。


「同じクラスの奈代輝夜なよかぐやさんについて、直谷の知ってる限りで良いから教えて欲しい」


 朝に得た違和感。それを解明するために、奈代輝夜さんの情報を集めることにした。


 

 

 


 

 

 

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