第四話 噂は重い

 予想外の質問だったのか、直谷はいぶかしい目をするが僕には必要なことだった。

 印象などよりも今はこの質問の方が大切だと感じた。


「噂ねぇ。まだ学校始まって一ヶ月しか経ってないし、そんな噂が立つほど過ごしてねえじゃん」

「それもだけどね」

「そうだなぁ。いて挙げるなら、美人で優しい入学生というくらいかな」

「あぁ。あれ奈代さんのことだったのか」


 その話なら僕も知っていた。

 今年の入学生にはとても美人の人がいるという話はよく挙がっていた。

 スタートダッシュを失敗して、自分の立ち位置に不安を覚えていたためそんな話を聞いてもそれを誰かなど気にしてはいなかった。

 別のクラスの人も知らないため誰のことか分からなったが、どうやらそれは奈代さんのことだったらしい。

 言われてみればそうだ。

 あんな美人がほいほいといるものではないだろう。


「他に目立った噂は流石にないなぁ」


 入学してすぐにそんな目立つような噂が経っていたら、それこそ変人か何かだろう。

 一瞬、もしかしたら噂をされているのは自分の方かもしれないという不安があったが、今は考えても仕方ない。

 こちらが余計な思考をしている間にも、直谷はパンをかじりながら奈代さんに関することを思い出すとしてくれている。


「後はそうだな。噂では無いけど、気になることあるくらいな」

「気になること?」

「ほら。あれだよ」

「どれ?」


 残念ながら、僕は指示語しじごで言われるだけで何かかんづける程奈代さんとは関わっていないため、何を指しているのかは分からない。


頭痛ずつうだよ」

「頭痛?」

「ほら。授業中も偶に保健室行ってるだろ?」

「ああ。確かに」


 言われて思い出す。

 奈代さんは頭痛を理由にちょくちょく授業を抜けて保健室に行ってる。

 週二回くらいはあるので、多い方かと言われれば多い方だしそういう何かの症状持ちなのかもしれない。

 今まで関心を抱いていなかったため、思い出すのに時間が掛かってしまったが、言われれば思い出せる。

  

「何かそういう体質たいしつとかなの?」

「いや、俺も詳しくは知らないけど…」

「けど?」

「前に女子たちに同じようなこと聞かれているのを見かけてな。そのとき言ってたんだが、何でも頭痛が出るようになったのは高校に入ってかららしい」

「中学の時まではなかったってことか」

「らしいな」


 ということは、生まれつきの体質とかではないのかもしれないが、何かの病気びょうきになっただけかもしれないので断定はできない。


「病気なのかな?」

検査けんさはしてもらったけど、何も異常いじょうは出なかったって言ってたな」


 ということは奈代さん自身、自分の異常を気にしているようみたいだ。

 僕には関係の無いことではあるけど、とりあえず病気でないのは良かったとは思う。

 しかし、本人からしたら不安だろう。

 病気でも体質でもなく、突然の異変と言うのは恐怖でしかない。

 もしかしたら朝、僕に対して機嫌が悪かったのも頭痛が起きていたと考えるならあり得なくも無いが、その直後は普通に会話と挨拶をしたと考えるとやはり不自然に感じる。

 普通に嫌われているという可能性もあるが、今まで特に接点せってんはなかった筈のため、この可能性は置いておこう。

 何もしていないのに、生理的せいりてきに嫌われているなんて場合だったら僕の心が折れそうだ。

 だから出来るだけそのもしもは考えない様にしよう。

 まだ何か情報が足りない。


「他に何か盗み聞ぎはしなかったの?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。偶々たまたま近くで別の奴と話をしてただけだ」


 などと犯人はんにん供述きょうじゅつしています。


「で、他に何か言ってなかった?」


 もう一度尋ねると、直谷は「あっ!」と呟くと、何かを思い出してくれたみたいだ。


「そういえば」

「何かあるの?」

「頭痛が起こった時は決まって同じ夢を見る的なことを言ってたような気もしなくもない」

曖昧あいあいだね」

「曖昧だよ。はっきりとは聞き取れなかったし」


 流石に夢と今僕の気になっている件は無関係だと思うので、頭の片隅かたすみとどめる程度に記憶おくのがちょうどいい。

 流石にこれ以上は噂について話しても出てこなさそうなので、これで打ち止めにした方が良いかもしれない。

 既に昼休みの半分が過ぎようとしている。直谷も教室に戻って弁当を食べる必要もあるだろうし、これ以上留めておくのは悪いだろう。

 次の質問を最後にしようと考え、とりあえず無難だけど大切な質問をしておく。


「ちなみ、直谷から見て奈代さんってどういう印象?」

「そうだなぁ……美人で愛想がよくて穏やかで和風なイメージがある一言でいうと大和撫子やまとなでしこって感じかな」

「そうだよね」

「あぁ。誰に対しても笑顔で優しいしな…八方美人はっぽうびじんってやつ?」


 直谷は少し溜めを入れてから、正直な印象を答える。

 そしてそれは僕の予想していた通りの回答だった。イメージに関しても僕も感じ印象を受けている。最後のだけは状況的にはあってはいるがそれが奈代さんの本質なのか、それとも猫を被っているだけなのか判断しかねるので同意はしない。

 だからこそ、違和感は増す。

 直谷は誰に対しても笑顔で優しいと言っていた。

 なら、結局朝のは何だったのだろうか。

 頭を回転させて思考をさせるが結論が出ない。

 

「結局考えても仕方の無かったことかな」

「うん?」

「何でもないよ」


 僕のつぶやきに直谷が何を言っているんだという反応するが、直谷には関係のないことなので流す。

 結局のところ僕がどれだけ違和感について考えても、それで得るのは自己満足だけ。 

 これをきっかけに奈代さんと話すようになる訳でもないのだから、結論を導こうが意味は無い。

 僕は違和感の正体を、どんな人にでも不機嫌ふきげんな瞬間はあるという結論にしておく。

 もしかしたら本当に猫の皮を被っているだけで、偶々僕の前だけでがれただけなのかもしれないが、これで奈代さんがただの善人だったら僕が滑稽こっけいだ。

 だから、このことは僕の胸の中にしまうだけにしておこうと思う。


「とりあえずありがとう。色々話を聞けて助かったよ」


 僕は自分なりの結論を出したので、話を聞かせてくれた直谷にお礼を言い解放する。


「なら良かった。パンも食ったし俺は飲み物でも買って教室に戻るわ」

「うん。僕はまだパン残ってるしここで食べてから戻るよ」


 パンが残っているのは本当だが、実際は直谷と一緒に教室に戻ることが憚れるためだった。

 教室の視線を一瞬だけでも集めて悪目立わるめだちしてしまうことが容易よういに予想で来てしまう。


「分かった。じゃあ先に戻ってるな」

「うん。本当にありがとう」

「こっちこそパンを貰ったからな、助かったよ」


 靴をロッカーから取り出して扉に歩みを向ける。

 僕はあることを思い出す。


「ちょっと待って」


 僕は直谷を呼び止めながら、二段になっているロッカーの下段に手を伸ばす。

 下段にはカーテンを取り付けてあり、中には冷蔵庫が入っていた。

 どうやら先輩が置いていったもので、先生たちに見つからない様に簡易的かんいてきに隠されている。

 冷蔵庫れいぞうこを開けて、中から一本のお茶を取り出して、扉の前で止まる直谷に投げる。


「これあげるよ」

「マジか! サンキュー! てか、冷蔵庫あるの羨ましいわ」

「僕も助かってる」

「秘密基地感が増したな」


 その気持ちは同じ男として良く分かるので頷いた。

 逃げ込む先になるだけではなく、物も保存できる。最高の空間だ。


「じゃあ。また後でな」


 直谷は扉を閉めながら、一言告げて去っていた。

 僕は扉が完全に閉まるのを確認すると、再び椅子に座り残りのパンを片手に持ちながら、スマホを開いてゲームアプリを起動する。

 既に先程まで考えていたことなど記憶の奥底おくそこに追いやり、ただただ残りの昼休みの時間でどれだけゲームを周回出来るのかだけを考えることにした。

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