黄昏時 上

 三学期のはじめ、毎年恒例の避難訓練が行われた。夏の慰霊祭と同じく学校中の人間が集められ、学校から堤防の避難壕まで移動するのだ。


 空には重たい灰色の雲がうごめいている。セイヤは雪が降らないうちに暖房の効いた教室に戻りたいと願っているが、だらだらと町中を行列で進む周りに合わせていた。行列は友だち同士の雑談や訓練への文句で騒がしかった。


 セイヤはダウンジャケットのポケットに両手を入れる。息をひとつ吐けば、白いもやが空気中を漂いながら消えていった。


「今日も寒いねぇ」


 セイヤの隣でつぶやくヒヨリは、もこもこしたコート、毛糸の手袋、大ぶりな耳当て、空色のマフラーを着けて着ぐるみのようになっている。


「そんな恰好で言われてもな……」


 セイヤは苦笑するが、ヒヨリはいつも通りのおっとりした表情でむわぁと白いもやを吐いている。


「こんなことするくらいなら、あったかい図書室で本読んだほうがいいよ」


「そう言っても、行事だから仕方ないだろう」


「でも壕まで歩いて十分以上だよ? 間に合うかな?」


 それはもっともな疑問で、セイヤも同じことを思っている。本番ではコートやマフラーを用意して避難壕まで歩く余裕はあるのだろうか。


 避難壕へ行くには学校裏手の古い住宅地を抜けて、学校前の商店街を通る川の本流へ向かう必要がある。周りは木造の建物ばかりで道も狭い。万が一のときは、火の海を渡ることになるかもしれない。


 学校の屋上で轟音を出す黒い点を見たときのように、セイヤの背筋が一瞬震えた。そのとき、ヒヨリがセイヤのダウンジャケットの裾を軽く引いた。


「……ちょっとさぼっちゃおうか」


 ヒヨリは脇道を視線で示した。両側に木とトタンの小さな家がひしめく暗い小道で、猫も烏も通らないような静かさだった。


 セイヤの返事を待たず、ヒヨリは裾を引いたまま小道にセイヤと滑り込んだ。周りは変わらず騒がしく、行列からふたり分人数が減ったことに誰も気づかなかった。

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