渡船場
唐突に渡船場を見に行こうと思い立ったセイヤは、母と兼用している自転車で河川沿いを走った。市の中心部を貫く人工河川には下水が合流しているので綺麗な水面ではないが、涼しい空気を感じることはできる。
河川と同じく四百年以上まえにできた渡船場は公園になっており、いまも二、三人ばかり人影が見える。
瓦ぶきの休憩所の前に自転車を停め、石造りの地面を船着場に向かって歩く。櫓のような常夜灯を通りすぎてまっすぐ行けば、船着場の先端に着く。風が吹いているが、寒くはなかった。
自転車で走るにつれて太くなってきた河川は、渡船場の目の前で二又に分かれている。太い河川の近くということで、この辺りは昔から工場が多い。対岸や河川の分岐点には赤錆びた低い建物がひしめいている。
鉄色の景色から目線を上げれば、青い空が大きく広がっていた。高い建物に囲まれた狭い空の印象しかなかったセイヤは息を呑んだ。
一年生の林間学校のときに見て以来の大きな空には、薄い雲がかかっていた。雲は波打つ絹織布のように、空を包み込もうとしていた。
ヒヨリなら写真を撮りたがるだろうと思いながら息を吸うと、少し潮の香がした。河川の先には県の主要港があり、そこから海へ出る。
潮の香りをもっと吸おうと深呼吸していると、セイヤは胸がどきどきしてきた。いまの自分を取り巻くすべてののものを取り払って、まったく違う世界へ走り出したい。そんな欲求が頭をもたげた。ちょうど自転車もある。不可能ではないだろう。
しかしヒヨリが写真に撮りたそうな空を見て、ヒヨリに貸した小説をまだ返してもらっていないことを思い出した。
「あれは返してもらわないと」
呆然とつぶやいたセイヤは、休憩所前の自転車の元に戻って行った。
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