図書館

 ヒヨリはこの日、厄日だった。


 朝は数学の宿題を家に忘れ、英語の授業では長文の訳を指名され、午後の体育ではバレーボールの顔面レシーブを決めた。


 セイヤとアイカには委員会の仕事があり、ヒヨリはろくに愚痴をこぼせないまま放課後になってしまった。


 気分転換しようと、ヒヨリは図書室に向かった。渡り廊下で図書室の二階に入り、外との出入り口がある一階に降りる。


 滅多に開かないガラス扉から差し込む夕日は、電気が点いていない室内を充分に明るくしてくれる。


 橙色に染まるリノリウムの床を、人影がまばらに這って通りすぎて行く。下校する学生たちの声が、人気がない図書館の中によく聞こえてくる。


 壁際には木とスチールの書架が整然と並んでいる。そこに入り込むヒヨリの鼻は、体育の授業のときからうっすらと赤い。むくれたハムスターが巣穴に引きこもっていくように見える。


  本に囲まれると、古い紙と整った空調が体内に入り込んで来て、胸の中のもやもやがふわりと包み込まれる。ヒヨリはこの香りだけを目当てに、図書室に入り浸ることがある。


 周りの書架には郷土史関係の分厚い本が並んでいる。どの本も背表紙は日焼けして色あせ、縁はへたっている。


 適当に一冊、布装丁の本を引き出してみる。新しい本なのか、分厚い紙の束は変色していない。


 気持ちを落ち着かせてくれる空間で、題名も知らないこの本をめくりながら時間を潰そうかと考えていると、横から照らす光が少し暗くなった。


 横を見ると、セイヤと目が合った。いつもシャツの襟から見える鉄道時計の黒い紐は、着ているベストで隠れている。


 委員会の仕事のあとに返却期限の本を返しに来たセイヤは、次になにを借りるか決まっていない。ヒヨリは両手に持つ本を掲げる。市の戦災史に関する箔押しの題名が、夕日を受けて輝いた。


「これ、面白いよ」


「嘘つけ、いま見つけたばっかだろ」


 苦笑するセイヤに対し、ヒヨリはほにゃりと微笑んで見せた。

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