特別棟

 セイヤの父親は温和な人だが、鉄道員の仕事に真面目で家にいないことが多い。


 父親らしくなにかを教わるということが少なかったためか、使い古された鉄道時計を渡されたときのやり取りは強く印象に残っている。


『体感する時間の流れほど不確かなものはない。だから確実な時間が常にわかるようにしときなさい』



 本校舎と二本の渡り廊下で繋がっている特別棟には、理科の実験室、音楽室、美術室などが入っている。


 自習時間に教室を抜け出したセイヤとヒヨリは、化学準備室前の廊下に座り込んでぼんやりとしている。リノリウムの廊下は綺麗とは言えないが、窓から見える青空が安らぎの視覚効果を与えてくれる。


 ヒヨリが鉄道員の英才教育だと感心する隣で、セイヤは首に掛けた鉄道時計を手の中でもてあそんでいる。時計はこちこちと音を立て、ステンレスのケースに青色がぼやけて映っている。


「時間の体感って、相対性理論ってやつだっけ?」


 くすんだ色の廊下に足を投げ出すヒヨリの呟きは、長い廊下に小さく響いて聞こえた。


 楽しい時間は短く、退屈な時間は長く感じる。それに惑わされるな。


 愛用していた鉄道時計を息子に渡す口実にしては、父親らしからず哲学的だとセイヤは苦笑した。


 セイヤは鉄道時計を両手で包み込んだ。見上げる窓の向こうでは、青空にちぎれた白い雲が漂っている。


「仕事じゃないんだ。楽しいときに時計は見なくていいだろ」


 溜息をつくように出たセイヤの言葉に、ヒヨリはほにゃりと微笑んで見せた。

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