本屋

 学校正門から伸びる石畳の道は、住宅街と商店街を通って市の大通りへつづいている。


 道は商店街の途中で、幅広の川を渡るコンクリートの橋になっている。


 橋の手前には一軒の小さな本屋がある。材木会社の事務所と角地の時計店に挟まれた木造二階建ての店舗だ。


 車一台分の車庫のような店内は、休日のにぎやかさとは無縁な静かさだ。店番のヨシノはカウンターに座り込んでなにかの本をめくっている。客を増やそうという意思は感じられなかった。


「私は、店長の仕事振りを受け継いでんの」


 文系学生風のヨシノは、口角を少し持ち上げた。


 小さく咳き込んだアイカは奥の書架へ向かい、近くに置いてある踏み台を使って一番上の棚に手を伸ばす。書架に詰め込まれているのは、専門的な学術書ばかりだ。


 アイカはいつも難しい古本を買っていくが、思想や経済や政治の内容を九割もわかっていない。今回も二冊手に取るが、アイカは本の題名はほとんど見ていない。


「内容が難しいと、時間潰しになりますから」


 著者が聞いたら怒るか呆れる答えだと、ヨシノは想像した。アイカが数日の時間潰しのために使う本には、著者が何年も何十年もかけて手に入れた研究結果が詰め込まれているのだ。


「もうちょっとわかりやすく書いてくれれば、少しは面白いんでしょうけど……」


 生意気にも聞こえるアイカの言葉には同意したい。ヨシノは読んでいた思想史の本をカウンターに置いて立ち上がる。軽く背を反ると、座ったままで張っていた筋肉がほぐれていく。


「難しいもんだね。相手にわかるように伝えんのは」


 ヨシノの言葉に、アイカは黙って肩をすくめる。橙色の豆電球の光に、いつも通りの澄まし顔が照らされていた。

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