三鷹千代は願っている

 東京駅から新幹線で2時間程。

 千年以上の間この国の都であった街にして、今もその面影をいたるところに残す修学旅行で訪れる定番どころ、今回の行き先でもある京都の地へと降り立った。

 晩秋の京都はその地形故に寒い。これからはさらに冷え込んでいくだろう。

 移動中には富士山が見えたりしたみたいだが、話し相手もいない俺は見事に夢の世界へと旅立っていた。早すぎる集合時間のおかげで寝不足気味ではあったが、体力はそれなりに回復してきた。今日は徒歩での散策がメインなので、寝れたのはかなり大きいだろう。


 京都の町中では異質である近代的な京都駅の周辺から東本願寺の横を抜けて五条通に出る。その五条通を東へと進めば修学旅行の定番である清水寺がその姿を見せるらしい。

 普通ならば、前を行くクラスメイトのように談笑しながら歩くのだろうが、休み時間は教室では寝てばかりの俺に話し相手なんているはずもなく、歴史を感じる街並みに、過去を思ってみるだとか、行き交う人々の観察くらいしかない。


「片倉、話し相手はいないのか?」


 クラスメイトの三歩後ろを黙ってついていく大和撫子スタイルで足を進めていると、凛とした声が耳に届く。わざわざ振り返って確認する必要なんてない。この声の主は三鷹先生だ。


「別段クラスメイトと仲が良いってわけじゃないんで。別に仲良くしなくても問題が発生する訳じゃないですし」

「まあ、それはそうなんだが、仲良くはせずとも、うまくやるくらいの術は身に付けておいた方がいいぞ」

「うまくやる、ですか?」


 頷いてしまえば会話は途切れただろうに、思わず聞き返してしまった。

 少し興味のある話だったというのもあるが、気づかぬうちに会話相手を求めていたのかもしれない。


「ああ。組織や集団に属するとなれば必須のスキルだ。話題を振って、話を合わせて、適当な距離感を見つけ出す」

「はあ」

「一応学校はそういう訓練の場でもあるんだよ。他の面々はそればっかりが得意になってしまって、それはそれで困っているんだが、君の場合はな……」


 あえて言葉を濁した三鷹先生に何も返さずにいれば、三鷹先生はやれやれと言わんばかりにため息をこぼして、更に言葉を続けた。


「まあ、彼らにも言いたいことだが、うまくやらなくてもいい相手や、踏み込んでも踏み込まれても良いと思える相手を見つける訓練をする場でもある」


 立ち止まって口にした三鷹先生に合わせて、足を止める。他の生徒達はそんなことに関係なく、足を進める。

 他の生徒が離れていったことで、吹き抜けていく風の冷たさと耳が痛くなりそうな静けさだけが嫌に強調された。先生の視線は遠くに連なる山々へと向いているが、その瞳はここではないどこかの景色を見ているようだ。

 残念ながら、先生が何に思いを馳せているのかなんて、分かりそうにもない。


「彼女にとって、君がそうなればいいと――。いや、なんでもない。忘れてくれ」


 先生が口にした彼女というのは、狛江さんのことなのだろう。果たして俺は先生の要望に沿えるのだろうか。そんなことを思ってみれば、その思考を遮るように、追いかけないとだな、と声がかけられる。

 気がつけば三歩分だった距離は一区画分以上になっている。追いつくのには少し時間がかかりそうだ。



 少し遅めとはいえ、紅葉のシーズン。

 横目で見た駐車場はかなり混んでいた。本堂もさぞ混んでいることだろう。

 ところせましと両サイドに並ぶ土産物屋に、これでもかと向こうから流れてくる人の波。さすが観光地と思いながら、クラスメイトを追って本堂へと足を運ぶ。

 もちろん本堂の中も人であふれかえっており、出世大黒や錫杖といったものには、これでもかというほどの人が取り囲んでいる。触れることはおろか、その姿を拝むことすらかないそうにない。人に温められて、酸素も気持ち薄くなった様に感じるこの場から、新鮮な空気を求めて舞台の方まで足を運ぶ。

 視界に映るのは、葉を赤々と染めた木々に色づけられた山並みと市内の街並み。

 その景色を順番に眺めていけば、視界の隅には見慣れた茶髪が映った。


「よぉ、さっきぶりだな」

「えっ? あぁ、うん。さっきぶり」


 三鷹先生と話したからか、ついそんなふうに声をかけてみれば、驚いた調子で返ってきた。学校の連中の前では話しかけない方がいいと再三言われているにも関わらず、声をかけたからだろう。まあ、他の生徒達は景色に目を奪われているか、本殿の中なのだから許してほしい。


「もう平気か?」


 見かけたから声をかけてみたが、別に話したいことがあるわけではなかった。話題の持ち合わせなんかなくて、とりあえず気がかりだったことを聞いてみた。


「うん。朝だけだからね」

「それならいいんだが」


 短い言葉に短く返せば、周りは観光客の話し声でうるさいくらいなのに沈黙が訪れる。言葉は交わせないまま、ただ同じ景色を眺める。


「そろそろ行かなきゃ。……じゃあね」


 ふとすれば、風にかき消されてしまいそうなほど小さな声でつぶやかれたそれに頷けば、うちのクラスも集合写真を撮る時間らしく、先生の呼び声が耳に届いた。

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