なにはともあれ修学旅行は幕を開けた
一緒に行く約束があったわけではないが、白を通り過ぎて青いようにも見えた顔の狛江さんを放って行くわけにも行かず、共に家を出ることとなった。
「ごめんね、私に付き添わせちゃって」
「いや、どうせ目的地は一緒なんだし、気にすることじゃないだろ」
いつもの調子はどこへやら、顔色は戻らないまま、申し訳なさそうに振舞う彼女。眠気も相まってか、目を離せば倒れてしまうんじゃないかとすら思えてしまうほどだ。体調は大丈夫かと何度か確認してみたが、良くあることだし、大丈夫だから、と返されればそれ以上は何も言えない。
彼女のキャリーバックの上に俺の荷物を乗せて、未だに碧い空に覆われた住宅街を進む。秋もそろそろ終わろうとしているし、まだ夜の帳が下りたままということもあって、偶に思い出したように抜けていく風は体温を奪っていくようだ。
「これ、飲むか?」
見かけた自販機にコインを飲ませて、コーンポタージュを二本取り出す。そのうち一本を少しぶっきらぼうになってしまった声と共に狛江さんに差し出す。
「え?」
「温かいもの飲んだ方が目が覚めるんじゃないかと思ってな。それに一応スープだから朝飯の代わりくらいにはなるだろ」
「一缶じゃ朝ご飯の代わりにはならないよ。それに、バランスよく食べないと」
「まあ、それはそうなんだけどな……。要らないなら俺が一人で二本飲むことになるんだが」
「じゃあ、貰おうかな」
缶を渡そうと手を差し出せば、狛江さんの小さな手とぶつかる。温かいを通り越して、熱いくらいの缶を持っていたからなのかもしれないが、その顔色に似合った冷たさに思わず驚いてしまう。
「ごめん、冷たかった?」
「いや、平気だけど」
缶を揃って傾けながら、駅までの道をダラダラと進む。
コンポタのおかげかは分からないが、狛江さんの顔色はマシになってきている。だが、本調子までにはまだ程遠そうだ。
話題らしい話題を持ち合わせていない俺から話を振ることはほとんどなく、狛江さんも口を開くことはない。そういう訳で、お互い無言になりながらも電車に揺られて集合場所である東京駅を目指す。
時折俺の様子を窺うような視線が狛江さんから向けられるが、俺が気付いて目を向ければ視線がかち合って、また窓の外へと向けられる。そんなことを繰り返しているうちに、車内の混雑度合いは増していく。ようやく日が出始めたくらいの早朝だというのに、ご苦労なことだ。
狛江さんを押し寄せるスーツの波から守るように立ちながら、三十分ほど揺られれば、電車は間もなく東京駅のホームへと滑り込んだ。
降り立ったホームには見慣れた制服姿がちらほらと目につく。だが、それ以上に人混みが気にかかる。まだ七時だというのに、時間に急かされるように人々が行き交っている。
狛江さんは制服姿を気にしているかもしれないが、まだ本調子には戻っていなさそうな彼女をこの人混みに放っておくわけにも行かず、小さな手を引いて集合場所へと抜けていく。
「おっ、片倉か。おはよう。ちゃんと来たようで何よりだ」
先ほどまではまばらにしか見られなかった制服姿が集まっている集合場所に着けば、三鷹先生が距離を詰めながら声をかけてくる。
「俺とて流石にサボりませんよ」
「体育祭をサボった前科持ちが言っても、説得力には欠けるだろ」
「まあ、それもそうですね」
「狛江もおはよう」
俺の影にいた狛江さんへと視線を移した三鷹先生は、先ほどよりもいくらか優しい声色で声をかける。
「おはようございます三鷹先生」
「大丈夫だったか?」
「はい、なんとか」
「それなら良かった。もう少し遅い時間に集合だったらよかったんだが、そうもいかなくてね。まあ、しんどいなら新幹線で寝ればいいさ」
三鷹先生と狛江さんの話はしばらく続きそうなので、ここらで存在感を決してフェードアウト。
改めて辺りを見回せば、制服姿の面々はお誘い合わせのうえで来たのか、すでにグループでまとまって話をしている。俺が割り振られたグループも探せばあるのだろうが、わざわざ探す気にもならず、隅の方で全体ただ全体を眺める。
そうこうしているうちに、集合時間になったようで、整列と点呼が始まった。このまま新幹線に乗って、かつての都を目指す。
三泊四日の修学旅行はこうして幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます