買い出しと遭遇
ギリギリに提出した書類はあっさりと許可印が押され、実際に活動をしている部員が二人とは思えないほどの予算付きで返された。その報告に荒川は喜びを隠そうともせず、そのまま買い出しの約束まで取り付けていった。いわゆる荷物持ちに任命されたのが一昨日の事である。
人目にさらされながらも駅前で待つこと早くも二十分。集合時間を十五分ほど過ぎたわけだが、いまだに約束の相手は影すら見せない。あの先輩まだ待ってるよ、やばー、とか言って愉快なお喋りのネタにするやつじゃないと信じたいが、一報すらないと莫迦な被害妄想が捗ってしまう。
「あと五分待っても来なかったら帰るか」
空になった缶で遊びながらそんなことを呟くと、わざとらしく息を切らせた足音がどこからともなく迫ってくる。
「すみません先輩、お待たせしました」
「あぁ、めっちゃ待ったわ。一人だけ違う待ち合わせ場所知らされて、待ちぼうけくらったこと思い出しちゃうくらいには」
「ごめんなさい」
ねぇ、ちょっと、真顔で謝るのはやめてね。渾身の自虐ネタに謝られるとマジで惨めな気分になるから。えっ、俺そんなに惨めじゃないよね?
答えのない問答もそこそこに、いつもの軽口で話を進める。
「いやまぁ、遅れるのはいいんだけど連絡してね。報連相めっちゃ大事だから」
「次からは気を付けます」
「おう、そうしてくれ。じゃあ行くか」
まずは電車に揺られて一駅。先ほどまでは住宅街しかあたりに見えなかったが、一気に高層ビルが増え、栄えた街並みに放り込まれる。多摩川の向こう側といわれていてもターミナル駅ともなれば、大抵の物は揃ってしまうといっても過言でない程に多くの店が軒を連ねている。
「適当に見ていって良さげなのがあれば買うか」
「ですねー。なければ他に行くことになると思いますけど」
「買い出し終わってひと段落付いたら、天体望遠鏡担いでまた来るんだ。無ければ日を改めてって事で良くないか?」
俺の言葉に、先輩ってばまた私と出かけたいんですか? なんて莫迦なセリフを吐くものだから、溜め息とともにデコピンをお見舞いしてやった。また待ちぼうけをくらうつもりは露ほどもない。
「ちょっとした冗談じゃないですか」
「そういう冗談で俺をからかおうとするなよ。無ければ移動でいいから早く行こうぜ」
「先輩ってば素直じゃないですね」
莫迦なことをいう荒川を適当にあしらいつつ、やってきたのは駅に併設されたビルの中にある家電量販店。ところ狭しと並ぶ家電を眺めながら目的の品を探す。
「先輩、このコーナーじゃないですかね?」
「みたいだな。良さげなのはありそうか?」
「え、私に丸投げですか? 先輩の希望はないんですか?」
そりゃ企画したのはお前なんだから、好きに決めてくれ。俺の希望は帰って寝ることだ、なんて軽口を返せば、そういうことじゃなくてですね、なんて言いつつも目の色を変えて物色を始めている。
その様子を横目で見つつも、同じようにして物色を始める。どこどこの星空を完全再現だとか、星座に興味を持ったらまずはこれ、なんて売り文句をでかでかと掲げた箱の裏に書かれた説明を流し読みしていく。6畳用の家庭用や小ホール用まで値段も性能も様々だ。
「先輩、他のところも見てきません?」
「良さげなのはなかった感じか」
「いえ、どうせなら予算ギリギリの一番良いのを買いたいじゃないですか。どうせ余った予算は返すことになるんですし」
きっちりしてるんだか、がめついんだかな発言に、任せるといった以上何かを言う気も起らなくて、そのまま店を後にした。店の外に出ると太陽はそろそろ真南へと達するようで、駅前は人でごった返している。
「先輩、お腹すいてたりします?」
「ぼちぼちだな。混み始める前に小腹を満たすか」
「ええ、そのつもりです」
駅を挟んで向こう側の比較的安価な飲食店街へ向かうべく、駅を突っ切ていると見慣れた人の姿が目に映った。
「先輩、どうかしましたか?」
「いや……」
予定があると言っていた彼女がここにいるってことは、誰かと会うのだろうかなんて思ってしまったからか、言葉は綺麗にまとまらず中途半端に口籠ってしまった。そんなことになれば向けられる視線が疑い深いものになるのは当然で、視線は逃げ場を求める。
運がいいのか悪いのか、視線は彼女と重なってしまい、向こうもこちらに気がついた。
「あれ、片倉くん?」
「おう」
「荒川さんと一緒にデート?」
「莫迦なこと言わないでくれ。昨日も言ったけど、文化展用の買い出しと書いて荷物持ちだよ」
「冗談だよ。昨日の夜聞いたし」
狛江さんと少し話し込めば、ぶーと言わんばかりに不機嫌オーラを撒き散らす荒川が俺の足を踏みつけようとして、話が途切れる。
「買い出しの途中だったんだよね、ごめんね。私もそろそろ待ち合わせの時間だし」
「琴音ちゃん」
狛江さんの言葉を遮ってかけられた声に振り返る。声の主は上物のスーツを見にまとった壮年のおじさん。
「じゃあね」
呆然とする俺と荒川を残して狛江さんは去っていった。
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