進まぬ会議に決着を

 偉大なる先代が残した秘策を却下されて早数日。

 連日最終下校時刻まで荒川と二人で会議をしてみたが、いい案は出てこない。

 おかげさまで、狛江さんに渡した合鍵は大活躍。狛江さんの手料理がなければ、倒れていたまである。まあ、狛江さんのことがばれたから最終下校時刻まで荒川に捕まっているのだが。

 合鍵同様に活躍しているものがもう一つ。普段は部室の片隅で埃をかぶっているホワイトボードだ。部室の中心に引っ張り出され、好き勝手に殴り書かれ、会議の白熱ぶりを物語っている。

 ・ケミカルクッキング→料理部と被る、保健所からの許可が必要、そもそもの料理が出来ない ・なんかの解剖→人が集まらなそう、解剖するものがない、グロいのは無理 ・派手な実験→安全確保が難しい、出来るのが炎色反応くらいしかない といった感じで、科学部うちの残念さを隠しきれていないのだが。


「もう出来そうなものはないし、期日も迫ってるし諦めて先代のに頼らないか?」

「それじゃあ駄目なんですよ」

「じゃあどうするんだ? 何かを披露ってのは難しい気がするぞ。何度も言うようで悪いが予算と人手と時間、つまり全部が足りないんだし」


 ブラック企業なのかと勘違いしちゃうまであるぞ。どうせ学生という身分が無くなってしまえば嫌でも働くんだし、学生のうちからこんなことしないでいいんじゃない? まだ書類は出してないんだし、路線変更はできるよ。


「先輩くだらないこと考えてますね。まあ、いいですけど」

「じゃあ、わざわざ指摘するなよ。手詰まり感しかないし、現実逃避してたんだよ」

「現実から逃げても期日はやってくるんですよ。でも、先輩の言う通り何にもないんですよね」


 物騒なことこの上ない台詞を吐く荒川だが、一応現状は見えているみたいだ。まあ、君のせいでこうなったんだけどね。とはいえ、期日だけは気を付けたいところだ。幽霊部員を大量に抱えたこの部の存続にかかわるのだし、そのまま内申点にも関わってくるのだから。


「現実的なラインで行くと展示なんだが、それだとアレだもんな」


 この数日で幾度となく聞いたパッとしないという台詞。パッとする展示ってなんだよ。部活と関係ある感じにするなら、水族館とか動物園くらいしか思いつかないぞ。いや、どっちも予算的に現実的じゃないけど。


「……金が欲しい」

「何言ってるんですか先輩」


 ぼそりと吐き捨てた言葉に荒川が反応して、何を言ってるんだと言わんばかりの冷たい目を向けてくる。違うから、そういうわけじゃないんだよ。いや、金は普通に欲しいんだけどね。


「展示の予算の話だよ」

「ああ、そういうことでしたか」

「パッとして部活に関係あるようなものにするなら、水族館とか動物園みたいなものじゃないかと思ったんだがな」

「なるほど。まあ、生き物関係だと文化展の後の事も考えないといけないっていうのもありますからね」


 ため息交じりに同意をすると、部室の空気はまた一段と重くなる。荒川が文化展の展示にこだわる理由は知らないが、いい加減に適当なものに決めていただきたい。

 そんな願いが通じたのかは分からんが、荒川は勢いよく席を立ち、その勢いに負けて倒れた椅子もそのままでペンを掴む。そして、少し走り気味の丸文字が残念さ全開のホワイトボードに書き加えられていく。


「プラネタリウムと天体観測?」

「そうです! これなら何とかなると思うんですよね」

「まあ、納得いくものになりそうならいいんじゃないか」


 ようやく会議に終止符を打てると喜び交じりに、消した跡まみれで、少し年季が入ったようにも見える申請用紙を手に取る。そのまま、ホワイトボードの丸文字を書き写そうとすると、荒川から待ったが入る。


「ちゃんと話を聞いてくださいよ。先輩の案を蹴った甲斐のあるものですから」


 楽だったらなんでもいいんだけど、とは言えず適当な相槌を打つ。それがお気に召したのかは知らないが、少し弾んだ声で説明がなされる。


 少しの脱線交じりの説明をまとめてしまえば、家庭用のプラネタリウムで夜空を見せる上映会に、天体望遠鏡を使った天体観測の様子とその説明だ。準備らしい準備も多くはなさそうだし、楽そうで結構。まあ、気になるところもあるのだが。


「とりあえずそれでいいんだけども、天体望遠鏡のアテはあるのか?」

「あー、私が持ってるのでそれでやります。もちろん天体観測には付き合ってもらいますからね。望遠鏡って大きいし、重たいんですよね」


 アテがあるならいいかと適当な返事をしようとして、続いた言葉で踏みとどまる。どうやら、楽そうというのは撤回する必要がありそうだ。


「荷物持ちをできるほどの体力を持ち合わせてるかは微妙だぞ」

「二人でなら運べると思うので、一応分解もできますし」

「俺でもなんとかなるならいいんだ。じゃあこの案で行くか」

「はい! 申請書の方はよろしくです。私は鍵返してきますね」


 いつの間にか空欄が埋められていた用紙を受け取り、確認をしながら部室を後にする。まだ何をするのか決まっただけだというのに、ようやく終わったと達成感が心を支配しているが、今日くらいはいいだろう。


 廊下に差し込む夕日は眩しいくらいだが、開け放たれてる窓から吹き込む風は、秋らしい少しの冷たさが混じっていた。

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