荒川の文化展への思いは人並みではない件

展示物会議

 放課後の部室。黙々と文化展の展示申請用の書類を書き進めているが、やたらと視線が気になる。視線の主はもちろん荒川で、その視線は申請書類を捉えて離さない。


「そんなに見ても大したことは書いてないぞ」

「いえ、どんなことをやるのかなぁ、と思ってただけです」

「さようですか。まあ、秘策もあるし、準備は大した量にならんから安心しとけ」


 そう言いながら、申請用の書類を完成させる。パソコンを使っていたなら、ターンとエンターキーを叩いてやり遂げた感を醸し出していただろう。後は帰り際にでも提出すれば書類の方は終わりだ。


「結局どんな感じにするんですか?」


 先ほどまで正面から眺めていたが、やっぱりよく見えていなかったようで、手元の書類を掻っ攫っていった。

 大したことは書かれていないが、普段から部活にやる気を見せない荒川も、これくらいならいいんじゃないと言ってくれるだろう。そんなことを思いながら書類に目を通す荒川を眺めるが、表情の変化は思っていたものではない。


「先輩、展示場所は?」


 少し低い声で発された台詞が耳をついたのは、荒川の視線が完成した書類の最下部までを三度捉えてからだった。


「ここだな」

「人は来るんですか?」

「来ない前提だな」


 集客数に応じて何かが変わるわけでもないし、出展さえすれば部の存続のための条件が満たせるのだ。なら、接客が減る方が楽だからいいじゃんということで。まあ、こんな学校の最果てといっても過言じゃない場所でやらずとも、そこまでの集客が見込めるわけではないのだが。


「ちなみに去年は?」

「去年も来ない前提だ。来客は3人とかだったかな。1人は母さんで、もう1人は引退した先輩だ」

「実質1人じゃないですか」


 来客者数には3人って記録したけど、そういう解釈が普通だよな。ちなみにだが、先輩はここは静かでいいな、とか言いながらコーヒー飲みつつ裏で勉強してた。あれ、やっぱりこれカウントしちゃ駄目だったんじゃない?

 俺が一年越しに記録のミスに気付いたところで、荒川がまた口を開く。


「ちなみに、あとの1人の事は覚えてたりしますか?」

「確か中学生くらいの地味目な感じのやつだったな。迷子か知らんけどこんな最果てに迷い込んできて、だらだら居座ってたんだよ」


 確か昼寝しようと思ったタイミングで来たんだ。おかげでステレオタイプな理系よろしく、カップ代わりのビーカーにコーヒー淹れて、眠気と闘った気がする。


「先輩はその女の子のこと他には覚えてないんですか?」

「あぁ、もう1年も前の事だし。ってか、俺そいつが女子って言ったっけ?」

「言ってましたよ。むしろ女子としか言ってなかったまであります!」


 それじゃあ、ただの気持ち悪い奴なんだよなぁ。なんて俺の言葉は残念ながら荒川の耳には届かない。


「まあ、そんな話はいいんだよ。それ提出して帰ろうぜ」

「まだ気になるところがあるんですけど」

「まだあるのかよ。手短に頼むぞ」

「展示物なんですけど、間に合うんですか?」


 言葉と共に突き付けられた書類には、化学の実験の様子を用紙にまとめて掲示、ベニヤ4枚と書き殴られた俺の字が躍っている。


「そりゃもちろん。秘策もなしにそんなこと書かねぇよ。刮目しとけ」


 俺の顔はなかなかに悪い笑みが張り付いていたのだろう。荒川がうわぁーとドン引きするような素敵な笑みが。

 荒川の反応に苦笑いしつつ、掃除用具ロッカーのひとつを開く。中身は掃除用具ではなく縦長の箱の山。その中から適当に1本を取り出して中身を机に広げる。


「えっ、これって」

「先代が残したやつだな。これは去年使った生物のやつだ。先代が未来の部員のために他にも物理、化学、地学を残してくれたんだよ。だからこれを展示して文化展はやり過ごす」


 4種類あるから、1回に1種類で4年分。4年もやれば、その展示を知ってる人間は学校からいなくなるから、また最初から使っていけばいいという、素晴らしいもの。代々部長に継承されてきた伝家、いや、伝部の宝刀だ。多少語感が悪かったりするがそれはそれ。これを適当にベニヤに貼ればあっという間に展示物は完成する。


「うわぁー」

「おい、なんだよその反応。問題は問題にしない限り問題にならないから平気なんだよ」

「いや、却下ですよ」

「えっ、何で?」


 面倒な誘い断るためにこの部にいるんじゃないの? 楽して適当に終わらせようぜ。幽霊部員だらけの科学部うちには何かするための人材が無いんだぜ。無償で使い放題の労働力なしに展示を作るとか無理だぞ。


「それくらい自分で考えてください」

「えー、じゃあ他のにするか。物理でどうだ」

「先代の展示物使うの全部却下に決まってるじゃないですか」


 深くついたため息が部室を支配した。人手も時間も金もない、何ならノウハウもないのに今さら新しいことをやりたがるって……。普段なら一蹴して終わりなのだが、先日の件があるから無下にもできない。どうしたものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る