寝坊と通学路
目を開けた時、部屋はいつもよりいくらか明るかった。
もしやと思って時計を確認すれば、短針が9から10を目指して暫くといったところ。
狛江さんがうちで夕飯を生活が始まったあの日以来、部室では荒川と、部屋では狛江さんと勉強をしていた。そして、その成果を解答用紙に叩きつけたのがつい先日の話。そして、今しがた見ていた夢の話。まさか夢でも試験を解くことになるとは思わなかった。夢に見るとかどんだけ試験のこと好きなんだよ。
「……寝坊したな」
夢を思い出しての現実逃避もそこそこに、現状を口にしてようやく実感が湧いた。けれども、まったくと言っていいほど焦りは無い。
焦りでもして、今すぐ走れば2限には間に合うかもしれない。狛江さんの料理のおかげでエネルギー不足になることはないだろう。しかし、走り切るだけの体力があるのかは微妙なところ。なら、無理しないでゆっくりのんびり、3限からでもいいだろう。そう一瞬のうちに判断してしまったらしい。
目覚ましは止めた記憶こそないが、一通り鳴っては止められてを繰り返した後らしい。寝坊の原因は試験が無事終わった安堵感か、不意打ちのように一気に下がった気温か。そんなことを考えながら朝食を取って制服を着る。
いつもなら肌に触れるワイシャツの肌寒さに億劫になって、憂鬱さとともに登校しているというのに、今日はそんなこともない。
いいじゃないか、寝坊の重役出勤。いや、重役登校か。秋から冬にかけては登校時間を1時間か2時間くらい遅れさせる校則でも作ってくれないだろうか、生徒会よ。
莫迦なことを考えるのもそこそこに、部屋を出て鍵をかけると、隣から扉が開く音が聞こえてきた。
「おはようさん」
まだなお眠そうで、髪も少し撥ねたままのお隣さんに、声をかけると、少しの間の後、あくび混じりのおはようが返ってきた。
狛江さんが鍵をかけるのを待って、学校へと向かう。そういえばここに住んでもう1年半、高校生活も折り返したというのに、登校時間が被るのは初めてだな。ようやく被った登校時間が、1限と2限を諦めた時間だという辺り、どうなんだというのはさておいて。
「俺はコンビニ寄って行くけど、どうする?」
ちょうどコンビニの前に差し掛かったところで、狛江さんに声をかければ、あー、うん、とまだ眠気の取れてなさそうな返事が聞こえてくる。
コンビニで菓子パンという名の昼飯を調達した俺たちは通学路を歩き出す。とっくに学校がはじまっている時間に、制服姿でコンビニで買い物とはなかなかできない経験だった。他のやつが勉強してる中で呑気に菓子パンを選ぶ背徳感は早々味わえんだろう。
莫迦なことを考えながら歩いていると、ようやく学校へと続く大通りへと出てこれた。大通りを見守る街路樹は、いつの間にやら葉を黄色に染め始めたらしい。
「狛江さんは朝弱いのか?」
「うん、まあね。極力夜更かしとかしないようにして、起きれるように頑張ってるんだけどね。……成果はあんまり」
大通りまで出て、ようやく本調子を取り戻しだした狛江さんに、ふと疑問をぶつけてみたところ、返ってきたのは肯定の意。最後に付け加えられた言葉には、少しの落胆が混じっている。
いつも世話を焼かれているせいか、彼女の噂とは対称的に、彼女をきっちりした奴だと思っていた俺は、狛江さんが見せた朝が弱いという一面に少なからず驚いていた。とはいえ、何とか起きようとしているのが彼女らしい。
「片倉君は朝弱いの?」
「強くはない程度だな。今日は普通に寝坊しただけ」
「テスト頑張ったから、終わったことに安心して気が抜けたとか?」
かもしれんなと返せば、毎日勉強したもんね、と笑顔付きで返ってくる。
「その成果として、ちゃんと点数が取れてることを祈るばかりだ」
「試験前にはちゃんと出来てたし大丈夫だよ」
せめて教わったところくらいは点数が取れてないと、狛江さん、ついでに荒川にも申し訳ない。まあ、その結果も登校してしまえば分かるのだが。
もう間もなく学校というところで、狛江さんは私先行くからと言い出した。時計に目をやっても、2限が折り返して10分といったところ。
「今さら急いでも2限は欠席扱いだぞ」
「いや、そうじゃなくて。学校で私といるの見られると困るでしょ。クラスが違うとはいえ」
「授業中なんだし、誰も気にしないだろ」
クラスどころか学校中探しても、話す相手が荒川しかいないし、クラスのやつからは名前覚えられてないぼっちを舐めるなよ。見られたところで、誰? で終わるぞ。
この間だって、日直が一緒になった女子が声をかけてきたかと思えば、名前の確認だったし。あの辛さは異常だし、向こうが申し訳なさそうに名前を聞いてくる時とかマジでしんどい。こっちが申し訳なくなって、仕事をひとりで終わらせるまであるからな。
「でも、万が一ってのもあるから」
俺がくだらない思い出に浸ってしんどくなっている間に、狛江さんはそれだけのこして駆け出してしまった。
俺は追いかけなかった。追いかけて、追いついたところで、かけられる言葉すら持ち合わせていないのだし。代わりに、彼女の抱える噂話について思考を巡らせるのだった。
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