食後のひと時を共に
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
ダイニングテーブルの上を彩っていた料理を綺麗に平らげてそう言うと、少し安堵が混じった笑顔で返事が返ってくる。
出来立てというのもあって今日はより美味く感じた。もちろん今までのタッパーに入れられて持ってこられるのも美味かったのだが。そんな気持ちを込めて、もう一度本当に美味かったと伝える。
「何度も聞いたよ」
「知ってるけど、改めて伝えておこうと思ってな」
美味かったのは間違いないのだし、何度も言って悪いものでも無いだろう。いや、言い方次第ではわざとらしく聞こえるか。そんな事を考えつつ、食べ終わった皿を台所へと持っていき水に浸ける。狛江さんは洗い物もやる気満々だったのだが、あれだけ美味いものを作ってもらって、そのうえ片付けまで任せてしまうのは流石に気が引ける、と多少強引にその役割を買って出た。
「狛江さん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
俺に仕事を持っていかれ、手持ち無沙汰にしている狛江さんに声をかけると、驚きからか華奢な体が少し跳ねる。
「えっと、じゃあ、紅茶で」
「了解。ちょっと待っててくれ」
洗い物を片付けている間にお湯を沸かし、洗い終わったタイミングで綺麗に沸騰したお湯をマグカップに注ぐ。我が家に紅茶を淹れる道具はないので、安物のティーバッグが御活躍だ。そうして出来た紅茶入りのカップを片手に、狛江さんが待つテーブルに戻る。
「はい、紅茶。あと、こいつも」
「ありがと」
コンビニで買っておいた粉糖が塗されたクッキーも一緒に出しておく。荒川曰く美味しいやつで、お値段もそこそこ。遅くなったお詫びもかねて、寄り道して買ってきた。
キッチンとをもう一往復して、俺の分の紅茶と共に椅子に腰掛ける。
「片倉君のはないの?」
「それ、アレだから。帰り遅くなったことへの詫びっていうの?」
「そんなの気にしないでいいのに」
流石にそういう訳にもいかないだろ、と無理やりに渡してしまえば、普段こういうのって食べるの? と返ってきた。
「いや、食わないな。それ買う金があったら惣菜増やしてたし」
「じゃあさ、少し食べる? ひとりで食べるのはちょっと申し訳ないし」
「それでいいなら良いけど」
俺の言葉に返ってきたのは、クッキーだった。ただし「じゃ、じゃあ、アーン」という台詞と共に。ちょっと力を入れて握ったら、折れてしまいそうな細い指で摘ままれ、クッキーは口元へと運ばれる。
「えっと狛江さん?」
「あーん」
「ちょっと?」
返事は「ほら口開けて、あーん」の一点張り。観念して口を開けて受け取れば、満足げな笑みを向けられる。その笑みに何と返せばいいのか見当も付かず、紅茶に手を伸ばす。
紅茶を飲みながら横目で狛江さんを見れば、わずかに顔を赤らめて同じように紅茶を飲んでいる。そんなになるなら、無理にしなければいいのに。
そう何度もクッキーを食べさせられたら俺も狛江さんも精神が持ちそうにない。そう思って、クッキーを数個取って手元に置いてしまう。そうしたところで、狛江さんがまた口を開いた。
「ところで、何で帰ってくるのが遅くなったの?」
「昨日話したけど、後輩の勉強見てたんだよ。後半は俺が見てもらってたけど」
後輩に勉強を見てもらうって言葉にするとヤバいな、なんて思いながら紅茶を飲めば目に映るのは顔色を変えた狛江さん。次の瞬間、机越しに座っていた狛江さんが俺の両肩をがっちりと捉える。
「大丈夫なの? 今から勉強する?」
「お、おう」
分かんないところがあったら、私に聞いていいからね、と肩を掴んだまま真剣な表情で言う狛江さんに気圧されるまま、何度か首を縦に振る。すると狛江さんは、じゃあ、ちょっと勉強道具持ってくるね、と部屋へと戻っていった。
もしかして、俺が1年生の内容も満足に理解してないから聞いた、とか思われてる? 狛江さんの勘違いに気が付いたが、時すでに遅し。狛江さんは勉強道具を取りに戻ってしまった。まあ、試験前だし勉強する分にはいいか。
部屋に戻ってから3分と経たないうちに、ワークや教科書といった勉強道具を片手に戻ってきた狛江さん。戻ってきて早々、真剣な表情で、何が分からなかったの? と尋ねてくる。
「英語だよ。あっ、でも、1年の内容が分からんとかじゃないからな。去年の夏までアメリカに住んでた帰国子女だから、こんなのお茶の子さいさいですって言って教えてくれたんだよ」
俺の話を聞くと、なんだぁと言う狛江さん。その声には深々とした安堵がこもっていた。
「まあ、英語は苦手だし、ちょうど良かったんだけども」
「そうなんだ。私はある程度は英語できるけど、実際に向こうに住んでた人には及ばないかな」
「まあ、それでもある程度できるならすごいんじゃねぇの? 知らんけど」
「知らんけどって……。まあ、三鷹先生に教わったりしてるからね」
やはり三鷹先生と狛江さんは仲がいいのだろうか。この間も先生はよく話すやら、気にかけてるみたいなことを言っていたし。って、そんなことを考えてる場合じゃないな。
軽く相槌を打って、手元に用意した教科書に視線を落とす。それが合図だったかのように、狛江さんの方も手を動かしだした。
そこまで広くないワンルームには、ペンが字を綴る音だけが重なって響いていた。
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