放課後の寄り道
「そういえば先輩、コンビニでおごってくれるのはいいんですけど、タイムセール間に合うんですか?」
学校からの帰り道、約束を果たすべく適当なコンビニ目指して歩いているとそんなことを聞いてきた。別に行く必要もないんだから、そんなものを気にしなくてもいいのだが、行く必要がないと知れば、総菜生活をやめた理由を聞かれるのは確実。さて、なんと誤魔化そうか。
「あー、それな。アレだよ、アレ。時間には余裕持ってるからな。多少寄り道したって間に合うし、平気だ、平気」
「はあ、そうなんですか。なら、普段はもうちょっと部室にいてもいいんじゃ」
「まあ、考えとく。そんなことより、どこのコンビニがいいんだ?」
荒川への詫びなので、おとなしく荒川に付いて行っているのだが、すでに学校から俺らが分かれる場所まで半分といったところ。現時点で3軒のコンビニをスルーしている。
どこも同じ系列だったとはいえ、この辺で違う系列なのはうちの近所くらいなんだから、そこ以外どこでも変わらんだろうに。それともうちの近所のとこがいいの?
ところで、なんでコンビニって同系列のがやたらと近所にできるの? いろんな種類のコンビニが近所にある生活したいんだけど。
「時間に余裕があるなら、先輩の家の近くのところがいいんですけど」
「やっぱりか。まあいいけど」
うちの近所のコンビニはちょうどス-パーと我が家の間にある。帰り際スーパーの方へと歩いていけば、いい感じに誤魔化せるだろう。
「わざわざうちの近くのとこ選ぶってことはなんか目的の品でもあるの?」
「いや、特にはないですね。ただスイーツはそっちの方が美味しいので」
「なるほどなぁ」
いつも部室で繰り広げているような他愛もない話をしていると、ようやく目的地が見えてくる。
「じゃあ、なんか良さげなものがあったら教えてくれ。あー、でも高すぎるのは無しで頼む」
「分かってますって」
他に何か気になるものがあるわけでもないので、店内でも荒川の一歩後ろをついて回る。気分はさながら大和撫子だ。相手の意見は尊重するし、大人しく相手に付いて回るとか、俺が女子だったら大層モテたに違いない。で、調理実習とかで小学校3年生レベルの家事を披露して、ドン引かれる。ってダメじゃん。というか、女子になっても小学校3年生レベルの家事スキルのままなのかよ。
俺が莫迦なことを考えている間も、荒川は2つのスイーツとにらめっこ。どれだけ悩むんだよ、と声をかけようとしたところで、ようやく片方を手に取った。
「これで決まりか?」
「はい。よろしくでーす」
思い出したかのように作られるあざといキャラに、苦笑いしながらレジに並ぶ。レジの横に並ぶホットスナックのショーケースの中身は品揃えが増え、横のショーケースには小さなのぼりとともに中華まんが。
もうそんな時期か、と季節の移り変わりを感じながら手早く会計を済ませる。
外に出れば、肌を切るような冷たい風が吹きつけてきた。かろうじて残った100円とちょっとで中華まんでも買えばよかったかと思いながら荒川を探すが、その姿は見当たらない。
さて、どうしたものかと思っていると、両手にカップを持った荒川が店内から出てきた。
「先輩お待たせしました。これどうぞ」
差し出されたのは、美味しいと評判らしいコンビニのカップコーヒー。冷たい風に当てられた手をカップ越しに程よい温かさが温めてくれる。
「いいのか?」
「はい。時間が大丈夫なら一緒に一休みしません?」
「まあいいけど」
荒川とコンビニの向かいにある公園に移動し、コーヒーに口をつける。思いのほか冷えていた体が内から温められていく。隣の荒川は、小動物のようにスイーツを小さな口で食べている。
「もうすっかり秋ですね」
「そうだな。そしてもうすぐ中間試験。それが終われば文化展だ」
文化展というのは、中学生向けの学校説明会に合わせて行われる行事で、文化部がそれぞれのブースで活動成果を発表するものだ。名前が似ている文化祭とは違い、非常にこじんまりしている。
基本的には部室棟にある各々の部室にブースを構えるので、うちの部はそんなに人が集まらない。去年も片手で数えられる程度しか来てなかったし。
まあ、そんな
因みにこの文化展、出展数の少なさからクラス単位の参加も認めるとかいう噂も聞こえているが、果たしてどうなることやら。もし、認めるとするなら文化祭のように盛り上がるだろうが。
閑話休題。
「先輩。試験とかそういう、美味しいものを不味くする話はやめてください」
「不味くするってお前なぁ」
「だってほら、数学とか意味分かんないじゃないですか。三角比って何ですか?
多分三角形の角とか面積を計算する呪文だよ。っていうか、そのレベルかよ。こんなところでのんびり一休みしないで、教科書を穴があくまで読んだ方がいいんじゃない?
「そんな目を向けないで助けてくださいよ、先輩」
いつの間にやらスイーツを食べ終えた荒川は、いつもよりもあざとさ増しましの甘ったるい声でそんなことを言ってきた。
唯一の後輩を助けてやりたいのは山々だが、俺とてそこまで出来るわけでもないし、自分の事で手一杯だ。だから優しく肩に手を置き、こう言ってやろう。
「再試、試験と同じ問題だといいな」
「ちょっ、先輩!? 見捨てないでください、コーヒー飲んだじゃないですか」
さっきのコーヒーは賄賂なのかよ。もうほとんど飲んじゃったぞ。今から返してもダメじゃん。
「先輩だけが頼りなんですからぁ」
「えー」
「そこをなんとか。明日から部室で教えてくださいよぉ」
甘ったるい声とは裏腹に、俺の制服の胸元を掴んで思いっきり前後に振りだす。最初こそ可愛らしさを感じられたものの、次第に前後する速さは早くなり、絶叫コースターに揺られてるような感じに。
「分かったから、教えるから、話してくれ。このまま揺らされ続けたら吐きそうだ」
襲い来る吐き気を堪え、辛うじてそう言えば、ようやく制服が解放された。乗り物酔いのような気持ち悪さを俺が堪える一方、やたらとテンションが上がった荒川。
そんなに喜ぶってどんだけヤバいんだよ。今からもう不安になってきたわ。
それから間も無く、荒川のコーヒーも底をつき、俺たちは各々の帰路へと足を進めることになった。
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