放課後の呼び出し

 週が明けて月曜日。

 事件との遭遇から始まり、今までにない濃度で過ぎ去っていった1週間の疲れを癒すのに2日の休日は短すぎた。というか、冷静に考えて週5の疲れが週2の休みで取れるわけないんだからもっと休みくれ。

 そんな莫迦なことを考えながら、昼下がりの授業では舟をこいでは現実に引き戻されてを繰り返す。それがバレたからなのかは知らないが、授業終わりに三鷹先生から、片倉は放課後職員室に来るようにとのお言葉を授かった。


 *


 時は流れ、放課後。

 逃亡を画策する気にすらなれず、おとなしく職員室へ出頭。すると、いち早く俺を見つけた三鷹先生が待ってました、と言わんばかりに手招きをして談話スペースへ。

 2週間と掛けず、3回も生活指導の教師と談話スペースに入った奴はそういないんじゃないか? 気分はもはや超高校級の問題児である。いや、何も問題起こしてないけど。クラスメイトの名前も覚えず、教室で1人過ごしているのが問題だと言われたら反論できないだろって、そんなのは知らん。


「どうだね、最近は」


 莫迦な事を考えながら、頭の片隅で授業に集中できてなかった言い訳を練っていると、いきなりそんなことを言われた。

 今日日、息子との距離感が分からない父親でもそんな話の振り方はしないだろ。俺はこれからどんな話をされるんだ。

 少しの警戒感を混ぜ、いきなりなんですかと返す。


「いや、狛江と話していたら君の名前が出てきたから何かあったのかと思ってな」

「なるほど」

「で、どうなんだね」


 今なお続いている夕飯の話はしない方がいいだろうが、他に何か言うべきことは……。

 他の話を探すようにと動かしていた視線が、行き場を失った末に先生を捉えれば、何かあるんだろ、と言いたげな視線を返される。

 ってか、狛江さん何言ったの? まあ、手を上げたりはしてないから、めちゃくちゃ悪く言われてるってことはないと思うけど。


「まあ、特にはないと思いますけど」

「そう言うなら、とりあえずそういう事にしておくか」


 先生はあまり深追いする気はないらしく、そうしといてください、と返せばそれ以上質問が飛んでくることはなかった。


 会話の途切れた時に締めに入って帰ってしまえばよかったものの、席を立つタイミングを逃したせいで、何とも言えない空気の中に取り残される。そんな空気の中で、先生は少し間をおいてから口を開いた。


「あまり私から言うべきことではないが、彼女も色々と事情を抱えていてな。まあ、君は噂を信じる質ではないだろうが」

「噂が回ってくるほどたいそうな友好関係を築いてはいませんからね」


 実際、学校内で接点があるのなんて荒川くらいだ。それに、その荒川もそんなに噂話を拾ってこない。そして、拾ってきたとしても、噂話に出てくるような奴の名前と顔が俺の頭の中で一致しない。そんな訳で、部室での暇つぶしの話題としては盛り上がりに欠ける、と滅多に話題に上がらない。


「それはそれで問題なんだが、まあいい」


 ため息交じりの先生の言葉に返すのは、はははという乾いた愛想笑いだけ。


「君が噂を知らなかったおかげで、取り返しがつかない最悪の事態だけは避けることが出来たのだし。そうそう、ああいう場に遭遇してちゃんと行動できるのはすごいことだよ。改めてありがとう、そして良くやった」


 向けられた視線と言葉に込められたものに返せるものは持ち合わせてない。迷った末に、はぁと適当な返事をすると、先生は満足げに頷いて、ちゃんと褒められてなかったからな。誇るべきことをしたんだ、胸を張っていい、と先生らしい言葉を口にした。

 そして、それを聞いた俺の顔は驚愕に染まってなかなかのものだったのだろう。先生が、私だって教師だからな、と口にしたのだし。


「で、呼び出した本題は何ですかね?」


 むず痒さから逃れるためにも、話題を変えようと試みるも、言ったろ、褒められてなかったからなってと返ってきて失敗に終わった。

 それだけならわざわざ呼び出さないでもいいだろうに。いや、あんまり人前でできる話じゃないのは分かってるが。


「じゃあ、そろそろいいですかね? 部室の前で後輩が文句垂れてそうですし」

「そうか。長々と引き留めて悪かったね。後輩の御機嫌取りにでも使ってくれ」


 三鷹先生から手渡そうとしてきたのは500円。


「いや、もらえないですよ」

「ちゃんと行動できたご褒美だ。ほかの先生には内緒だぞ」


 女性らしい可愛らしいウインクとは裏腹に、ブレザーのポケットに500円玉が強引に入れられる。

 そこまでされると突っ返す気は薄れていき、うす、と頭を下げる。決して先生のギャップにきゅんと来たから、とかそういうわけじゃない。断じてだ。


「狛江のことは私も気にかけているが、やはり教師と生徒という関係では肝心なところに踏み込んでいくことはできなくてね。気が向いたらでいい、気にかけてやってくれ。少なくとも知らない仲じゃないんだし」


 職員室を後にする間際、そんなことを言われた。

 知らない仲どころか生殺与奪の権夕飯のおかずを握られている仲なのだ。言われずとも気にかけるっての。まあ、それがなくても気にかけるけど。

 言葉にこそしないけれど、柄にもなくそんな事を考えて、職員室の扉に手をかけた。

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