放課後のスーパーで
職員室で狛江さんと出会ってから早数日。
俺の日常は少し変化しつつも平穏を取り戻している。件の生徒は退学処分とされたらしく、教室は少しざわつきもしたが、2日としないうちに新たな話題へと移って行った。
そんな一方で教室の話題のように移っていかないものもある。ある意味では話題の中心人物の1人であった狛江さんだ。お礼だという夕飯のおかず供給は少し形を変えて未だに続けられている。おかげで荒川に顔色が良くなってますけど、何かありましたか? と勘繰られたりもした。
そんなことを思っていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。今日もおかずの供給が来たらしい。
なんでこんなことになっているのか。それはロールキャベツをもらったの翌日の放課後に遡る。
*
その日の俺は2日ぶりに
「片倉君?」
声をかけられ思わず振り返れば、そこには超危険エネミーこと狛江さんがいた。
「やっぱり片倉君だ」
「うす。それじゃあ」
目の前までやってきたんだ。今日こそ割引惣菜と仲良くやらせてくれ。
「えっ、ちょっと待ってよ」
「なんですかね? タッパーなら後で返しに行くが」
「お惣菜買うつもりなの?」
「ああ。今日は人気の唐揚げが残ってるんだ。最高だろ」
どれくらい最高かっていうと、今日は割引惣菜の中でも一番の人気商品、唐揚げで優勝していくわね、とか声真似しながら行っちゃうレベル。うん、どういうレベルかよく分からんな。
「まあ、確かに美味しいよね。けど、それだけじゃ栄養偏るよ。それに」
「安心しろ、ポテサラも買うから」
見ず知らずの老人にポテサラくらい作れよって言われるかもしれんが、そんなものは知らん。金を出すのは俺だ。いや、正確には仕送りしてくれる親だけども。
「ポテトサラダだけじゃ栄養バランス偏ったままじゃん。ってそうじゃなくて、ロールキャベツ口に合わなかった?」
「ロールキャベツ? 美味かったぞ。今まで食った中でも1、2を争うレベルで。毎日食ってもいいとさえ思えたね」
「まっ、毎日って……」
莫迦な事を考えながら適当に話していると、ここではアイドル顔負けの人気を誇るパートのおばちゃんがやってきた。多分だが、この時間に人気アイドルがここでゲリラライブを始めても惣菜の方に人だかりができる。テレビ見ないからアイドルとかその人気っぷりは全然知らんけど。
おばちゃんは今日も今日とて余った惣菜に割引品の三文字が大きく書かれたシールを貼っていく。ここで適当な会話をしている暇はたった今失われた。
「じゃあそういう事だから」
会話はぶつ切りで構わない。何せ素敵な夕飯が待っているのだ。湧き出した惣菜愛用者の群れに、いざ。大きく足を踏み出すも、右上半身だけなぜかついてこない。
「あのー、狛江さん?」
「話、最後まで聞いてよ」
「いや、そうしたいのは山々なんだが、唐揚げがだな」
あぁ、こうして話している間にも唐揚げが、他の惣菜たちも……。
「私と唐揚げどっちが大事なの?」
面倒な恋人の様な質問に迷う事なく唐揚げと返せば、次の瞬間右上半身の拘束は一層強くなり、抑えられてる肩には細い指がめり込む。さらには追い打ちと言わんばかりに周囲から冷ややかな目を向けられる始末。俺が何をしたって言うんだ。
「いや、アレだよ。飯は大事じゃん。俺とか育ち盛りだから特に」
一昨日は育ち盛りの人間とは思えん食事だったし、昨日もそうなりかけたけど、それはそれとしてだ。
「それは分かってるよ。もしかして、昨日の量じゃ足りなかった?」
「いや、ちょうどよかった。美味かったから米が進んだってのもあるかもしれんが」
「じゃあ、なんでお惣菜買おうとしてるの?」
そりゃ、もちろん今日の夕飯のおかずを確保しなくちゃならんからだよ。それともアレなの? 夕飯のおかずの差し入れってまだしばらく続くの? いや、そんなことはないか。
「お返しとして差し入れするって言ったじゃん」
「それは昨日の話じゃないのか?」
「違うよ。昨日のアレだけじゃ返し足りないし……」
いや、十分返せてると思うけど。遭遇したのも偶々だった訳だし、直接介入したのは先生じゃん。
「大袈裟だっての」
「そんなことないっ」
えらく食い気味に否定する狛江さんに少し驚いて声が出なくなる。一瞬会話が途切れた。その瞬間を狙っていたかのように、あのー、お客様、と弱弱しい声をかけられた。
「他のお客様のご迷惑になりますので少しは声を控えていただけると」
「すんませんでした」
「気を付けます」
揃って店員と周りの客に頭を下げる。
そういえばここスーパーだったね。夕方のスーパーで買い物かご片手に言い争いをする制服姿の男女。周りからどう見られていたかは考えない方がいいだろう。
何とも言えない場を包む空気感から逃げるように、視線を総菜の方向へと逃がすと、シールが張られたメインになりうるおかずが無くなっている。どうやら天はこちらにつかないらしい。
「もし、まだ間に合うっていうなら、都合がいいのは重々承知だし、アレなんだが、その、差し入れ貰ってもいいか?」
「うん! 唐揚げがいいんでしょ。揚げるのにちょっと時間かかるから待たせちゃうだろうけど、すぐ持ってくね」
満面の笑みで返事をする狛江さん。この笑顔を見て、やっぱ無しでと言える人はいないだろう。おう、と返事だけ返して買い物に戻る彼女と別れる。
総菜が必要なくなったので、明日の昼用の菓子パンと米だけ持って会計を済ませればようやく帰路に。
スーパーを出て数歩。なんとなく、これ以上足を進めるのに抵抗が湧く。
彼女の買い物が終わるまで、せいぜい10分くらいだろう。
*
「待っててくれたの?」
スーパーの出口側、自販機の横で待ち始めて5分といったところだろうか。ワイシャツ一枚で待つなら店内の方がよかったか、なんて肌寒さから考えだしたところでようやく声がかかる。
「まあ。荷物持ちくらいはさせてくれ」
「大丈夫だよ。これくらいならいつも1人で運んでるから」
「いや、俺の分増えてるだろ」
「大した量じゃないから大丈夫だよ」
いや、しかしだな、と続けようとするが、彼女に帰ろっと強引に腕を引かれ、言葉は行き場を失った。
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