彼女の名前は狛江琴音

「先輩がコンビニ弁当食べてる!」

「なんだよ、悪いか?」


 時は昼休み。

 昨日は散々な目にあった、目撃者ってだけで拘束されすぎでしょ、などと思いながら、コンビニ弁当を部室で食べていると荒川がやってきた。

 毎日俺と一緒にここで飯食ってるけど、この子は友達がいないのかしら? 先輩として心配になっちゃうわ。俺は友達いないからここで食べてるんだけども。


「先輩、私がコンビニ弁当たべてると、よくそんな高いもの食べられるな。富豪か? そうなら俺に何か恵んでくれ。って言うじゃないですかぁ。先輩もついに富豪になったんですか?」

「いや、富豪じゃないから。貧民だから、超貧民。大富豪しようものなら、貧民から抜け出せないくらいに貧民だから」

「は?」


 こっわ。何この子、怖いわ。その低い声どっから出てるの?


「先輩、大富豪じゃなくて大貧民ですよ。あと、先輩の場合は大貧民できるだけの人数を集められないから、それ以前の問題ですね」


 辛辣だ。この子めっちゃ辛辣だ。あと、その呼び方の訂正の仕方、聞く人が聞いたら戦争が始まるかもしれないよ。俺は特に呼び方にこだわりないけど。まず、やったこともないし。


「うるせぇ、それくらい俺が一番知ってるわ」

「で、話がずれましたけど、なんで今日はコンビニ弁当を?」

「昨日の帰りに色々あってな、割引総菜はもちろん、割引のパンも買えなかったんだよ」

「アラームまで鳴らして用意周到にしてたのに買えなかったんですか」

「そうだよ。だからコンビニ弁当なの」


 ほへー、と興味なさそうに言った荒川は、対面に座ってコンビニ弁当を食べだす。食べている弁当は同じで、近場のコンビニの陳列棚の中では一番安い奴だ。とはいえ割引総菜に比べると高い、少なくとも夕飯のおかずが一品減るくらいには。


「先輩、2年生が停学になった話知ってますか?」

「知らん。というか俺に友達がいないから、その手の噂話が流れてこないの知ってるでしょ?」

「同じクラスだったら知ってるかもしれないじゃないですか。それにまだ仮処分の段階らしいんですよ。学校史に残る問題児が爆誕って感じで面白そうじゃないですか」

「面白そうってお前なぁ。っていうか、クラスメイトの名前すら覚えてない俺に期待するのやめてね」


 ですよねー、と言ってまたコンビニ弁当を食べ始めた。

 仮処分で停学になるってことは相当やばいことをしたんだろうな。

 昨日のことがちらりと脳裏をよぎる。うちの学校の生徒は基本おとなしいし、治安も悪くないから多分彼らだ。もし違ったら、うわっ……私の学校、治安悪すぎ……? とか言って転校先探すまであるぞ。いや、探さないけど。

 多分教師陣は処罰の検討で忙しいのだろう。そんなに忙しいのに、なんで俺は放課後職員室に呼び出されてるんだ。課題やらなかったのは俺だけど、回収できる雰囲気じゃなかったよね。


「そういえば、放課後ここに来るの結構遅れると思うから、鍵開けておいてくれ」


 コンビニ弁当を平らげたところで、そう口を開くと、目の前に割りばしが転がってくる。この割りばしを使っていた本人は、信じられないものを見るような目でこちらを見ている。


「う、嘘……」

「いや、ほんとだから。まあ、課題忘れたから、職員室に呼び出しくらっただけなんだけども」

「なんだ、そういうことですか。でも、先輩が課題忘れるなんて珍しいですね」

「まあ、俺も人間だからそういうこともある」

「はあ、そうですか」


 途中で会話するのめんどくさくなって、適当に返事するのやめない? 俺と話すの面白くないのかって思って若干傷つくんだぞ。


 その後の昼休みは特に会話もなく、俺は本を読み、荒川は携帯を弄るいつも通りな時間を過ごした。


 *


「失礼します、2年B組の片倉です。三鷹先生いますか?」

「おお、来たか。そこにかけて少し待ちたまえ」


 三鷹先生の指してるところは談話スペース。昨日もここで待たされたっけと思いながら、座って反省文の最終確認をする。課題をやってこなかったことに対して小言を聞かされ、反省文を書かされるのは知っているので、あらかじめ書いてきたものだ。課題も自習になった6時間目に終わらせたので、小言を聞いたら帰れるだろう。今日こそ割引総菜を手にしてやる。


「さて、まず呼び出した理由だが、課題を忘れたからという体で呼び出したが、それとは別だ」


 俺は手元にある課題と反省文を見てから、対面に座る三鷹先生を見る。


「それは預かっておこう。しかし、反省文まで用意しているとは準備がいいな。それなら時間通りに課題を出せ」

「すみません。でも昨日は課題を回収できる雰囲気じゃなかったじゃないですか」

「それもそうか。まあ、呼び出した理由はそれだ。入りたまえ」


 三鷹先生の一言を聞いて、談話スペースに一人の女子が入ってくる。制服のリボンの色が俺のネクタイと同じ色なので、おそらく同じ学年だろう。


「そこのが君の探している君の恩人、片倉いつきだよ」


 ちょっと、そこのって何だよ。もうちょい良い呼び方なかったんですかね。しかし俺が恩人か。


「怯える必要はないよ。そこのが何かしようとすれば私が仕留めるから」

「仕留めるってなんすか。怖いですよ」

「君が何もしなければ、何もないから安心したまえ」

「はあ」


 自称学校最弱の俺が三鷹先生に勝てる訳がないし、何かすれば文字通り永遠の眠りにつくことになるだろう。今日は昨日の一件のせいで何時にも増してエネルギーも足りてないし、秒殺されるのは免れない。もっとも、何かするつもりなんて更々ないのだが。そんなことより早く解放していただきたい。

 彼女はソファーに腰掛けることなく、三鷹先生が掛けているソファーの後ろに立って、様子を窺うように俺を見ている。


狛江こまえ琴音ことねです。昨日は助けていただき、ありがとうございました」

「ああ、うん。でも実際助けたのは俺じゃなくて、三鷹先生はじめとする先生方だけどね」

「いえ、その、噂もあるし声を上げたところで、誰も助けてくれないと思ってたので」


 そのあとに、昨日扉を閉められたときは見捨てられたと思いましたし、と付け加えられた。

 うん、それは悪かったよ。ところで噂って何?

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