中古と噂の狛江さんが俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくる件

夜依

襲われそうになっている女子を助けた件

放課後の事件

「先輩、私って暇じゃないですかぁ」

「じゃないですかぁ、って言われても、そうなの? 良かったじゃん、としか言いようがないな。俺はお前の予定知らんし」


 ある秋の放課後。部室棟の最果て、3階の奥地にある一室。やる気を微塵も感じさせない字で科学部と書かれた紙が貼られた扉の向こう。我らが科学部の部室でいつもと同じように先代が残した科学本を読む俺と、机に突っ伏す後輩荒川あらかわ真菜まな


「何でですか。こんなに可愛い後輩が暇って言ってるんですよ。ここは先輩が一芸でも披露するべきなんじゃないですか」

「なんでだよ。暇ならお友達の誘いに乗って遊びに行けばよかったじゃん」

「せっかく私が誘いを断って、こっちに顔を出しているのに酷いですね」


 少し前に科学部うちに入った理由を聞いたら、面倒な誘いとか断るのに部活っていい理由になるじゃないですかぁとか言ってたんだけど、今回は違うの? 

 ついうっかり、ここ特に活動無いし自由参加じゃないですかぁ。暇なら帰っていいんですよぉ。とか言っちゃうぞ。いや、誰の真似ですか気持ち悪いですよ、とか真顔で言われそうだから言わないけど。


「まあ、それはいいんですよ。それより、いっつもここにいますけど先輩は暇にならないんですか?」

「これ読むので忙しいし、お前の相手をするほど暇になることはないな」

「そんなに面白いんですか、それ」

「割と面白いぞ」

「へー」


 聞いた割にえらく興味なさそうだな。まあ、別にいいけど。

 携帯を適当にいじる荒川と本を読む俺の会話はここでいったん途切れる。本の続きを読もうとしたところで、仕掛けておいた携帯のアラームが鳴りだす。


「先輩、うるさいです」

「悪いな。じゃ、俺帰るから」


 戸締りよろしくー、とおまけに付け足し、手早く荷物をまとめていく。頭の中を巡るのは割引シールが張られた総菜の数々。今日は何が残っているだろうか、何にしようかと考えてしまうのは、食べ盛りの男子高校生だから仕方ないだろう。

 さて、荷物はまとまったが忘れ物はないかとカバンをのぞき込めば、中に英語の宿題が挟まったクリアファイルがないことに気がついた。

 教室に忘れたか? 忘れたら小言を聞かされることになるだろうが、それは面倒だし、教室に取りに戻るべきか。しかし、タイムセールまでの時間は刻一刻と迫っている。特別棟から教室に取りに行くのは、時間と体力のロスになるだろう。

 いや、しかし、小言の所為で明日のタイムセールに参加できない方が困るか。今からなら間に合うだろうし、少し遅れたところで食いたいものが何も無いなんてってことはないだろう。


「えっ、冗談とかじゃなく帰るんですか? まだ私との放課後は長いですよ」

「総菜のタイムセールまでの暇つぶしでここにいるって知ってるでしょ?」

「もうそんな時間ですか。じゃあ、しょうがないですね」


 荒川に部室のカギを渡して、少し早足に教室に向かう。怪我無く特別棟から脱出し腕時計を見れば、いつもよりもいくらか早い。駆け足と読書を早めに切り上げられたのが効いているようだ。

 少し深呼吸して落ち着きを取り戻す。タイムセールが始まる時間まで余裕があるとはいえ、油断は禁物だ。出来ることなら余裕を持ってスーパーの中へ、更にいうのならベストプレイスに到着してる必要がある。タイムセール通いで見つけた、シールが貼られるの待ちだと店員に悟られないような、自分の狙いの総菜を手に入れられるような、そんな素敵な場所にだ。今日はフライング気味に割引シールを貼るパートのおばちゃんの日だし、なおさらだ。


 *


 教室の前につくと教室での物音が僅かに聞こえてくる。多分部活か何かで使っているのだろう。そう思って扉を開くと、男子生徒数人が一人の女子生徒の服を脱がそうとしていた。男子生徒はイケイケな感じ、女子生徒の方もこの学校では珍しい明るい髪色。どちらに対しても共通して言えることは、スクールカースト高そうだとか、目をつけられたらヤバいとかそんなところだ。

 そんな彼らの視線は呑気に扉を開けて入ってきてしまった俺を現在進行形で捉えている。つまり何が言いたいかというとだ、ヤバい。


「えっと、お邪魔しました」


 一歩踏み込んだ足を廊下に戻し、ちゃんと一言残してから、見なかったことにするために扉に手をかける。

 こういうプレイは使ってない教室か体育倉庫とかでやってくれ。あと、ちゃんと鍵かけとけよな。お兄さんとの約束だぞっ。多分同い年だけども。


「たっ、助けてっ!」


 扉を閉まりきる間際、女子生徒が声を上げ、俺の手は一瞬止まった。

 あまり関わりたくない。とはいえ、助けてという声も聞いてしまったため無視もしがたい。

 ラノベや漫画の主人公ならここで颯爽と彼女を助けるのだろう。けれども俺は割引総菜がエネルギー源で、筋肉とは無縁のガリガリボディ。彼らのうち誰か一人との一対一でも勝機がない。やはり、陰キャの俺では主人公力が足りず駄目みたいですね。

 俺は見知らぬ誰かのために勝ち目のない戦いに挑めるほど、人間として出来てはいない。

 彼らのうち一人がこちらを視界に捉えたまま立ち上がろうとしている。目撃者は消すというのが彼らのやり方らしい。俺は手に力を込め扉を閉める。刹那、彼女の絶望する顔が目に映った。


 しかし、アレだ。勘違いしないでほしい。別に見捨てるわけじゃないのだ。ただ、俺ではどうやっても勝てないから、彼らに勝てるカードに頼るだけだ。適材適所、餅は餅屋、昔の誰かだってそう言ってるのだし。

 後ろから追手が来た時のために、ことが始まらないように。とにかく全力で階段を駆け下りて、渡り廊下を渡った先の職員室を目指す。

 彼らとて学生。教師に逆らうなんて愚かな事はしないだろう。


 渡り廊下を走り抜けついにゴールか、と気が緩んだところで勢いよく何かにぶつかる。


片倉かたくら。省エネとか言って机でうつぶせになるのがデフォルトなのに、節約したエネルギーを消費する先は廊下での徒競走か」


 その声に恐る恐る顔を上げると、担任にして生徒指導の三鷹みたか先生が笑顔で青筋を立てていた。


 せっかく曲がり角でぶつかるんだったら、トーストを加えた美少女であってほしい。今すぐラブコメがはじまりそうな出会いであってほしい。などという莫迦な思考はもちろん一瞬で飛んで行った。

 いや、三鷹先生も美人の類ではあるんだけどね、違うんだよ。


「いや、違うんですよ。これには深い訳があってですね」


 話ならじっくり聞いてやる、という言葉とともに生徒指導室へと引きずっていこうとする先生に、何とか口を開いて廊下を全力疾走していた事情を端的に説明する。先生は俺が事情を話していくにつれ顔色を変え、話が終わるとともに駆け出した。

 俺も一応目撃者ということで後を追うが、先ほどで体力を使い切ったので、先生との差はみるみる開いていく。


「お前たち、何をしている」


 先生が教室に入っていたのをようやく視界に収めたところで、いきなり怒鳴り声が聞こえた。呼吸を整え、ひっそり隙間から覗いてみると、下着姿、といってもキャミソールなのだが、制服を剥がれた女子生徒を男子生徒が囲んでいる。

 まあ、なんとなくそんな気はしていたけれども、本当にやるやつがいるとは思わなかった。こういうのって創作物の中だけの話じゃないの?


「片倉、覗いてないで応援を呼んで来い。っていうか呼んでおけよ」


 余計な考え事は三鷹先生の声で吹っ飛んだ。ハイ、と答え、余力を振り絞り職員室に応援を呼びに行く。


 *


 今度こそ職員室にたどり着き、授業の話をしていたガタイの良い体育教師たちに、女子生徒が襲われているからとにかく急いで来てほしい。今は三鷹先生が一人で対応していると事情を話す。最後に教室を教えたところで俺の体力は底をついた。


 その後は職員室の談話スペースで待たされ、目撃者としての事情聴取をたっぷり、じっくり、これでもかというほどに受けた。


 解放されたのは20時を回ったあたり。

 ことがことだけに、男子生徒の処罰やら世間体やらをめぐって保護者を呼び出したり、臨時の職員会議になったりとで、他はまだまだ忙しいようだ。それでも俺は話した以上の情報を持っていないと分かってもらえ、厳重すぎる口止めとともに帰宅許可が出た。


 帰り道スーパーに寄ったが、もちろん割引総菜は売り切れていた。黄色い箱のブロック栄養食と10秒チャージなゼリー飲料、計400円が俺の夕飯になった瞬間である。課題? もちろん回収できなかった。

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