三
そんな折でございます。とある週末、夕食を済ませた二人はリビングでお茶を飲みながらテレビを見ていました。テレビでは愛くるしい猫の動画を特集していました。そしてふと妻の方に目をやった夫は、妻が食い入るように夢中で画面に釘づけになっていることに気がついたのです。
普段からある意味とてもクールな女性でしたので、感情の起伏というものをほとんど表に出すことはありませんでした。その妻が今こうしてあきらかに心を動かし、息を飲むように映像を凝視しているのです。夫は、驚きとともに喜びを感じながら「妻はよっぽど猫が好きらしい」と思いました。そして、それを確かめるために夫はさりげなく妻に言葉を投げかけてみました。
「猫ってかわいいよね」
妻ははっとしたように我に立ち返ると、夫に目を向け、ほんのりと顔を赤らめながらつつましやかに軽くうなづきました。いや、もっと正確にいうのなら「うなづいたようにみえた」という方がふさわしいかもしれません。それくらいほんの少しの所作ではあったのです。しかし夫は普段から実に奥ゆかしい妻であることは百も承知です。彼女のほんのわずかな心の機微を見逃すことはありませんでした。夫はそんな妻をあらためて可愛らしく、またいっそう愛おしく思ったのでした。
それからというもの、毎日のように妻はパソコンで猫の動画を見るようになりました。最初は夫も一緒に見ながらときどきコメントなどしたりしていました。コメントといってもたいしたことはなく、いつも決まって「猫ってかわいいよね」というくらいです。しかしそれが何日も続くうちに、さすがに夫も少し飽きてきました。
一方、妻は見るだけに飽き足らず、日増しにいろいろな動画に反応して、いいねを押したり、再投稿したりするようになりました。それまで妻はSNSのたぐいを見ることはあっても、何か反応を返すなどということは一切ありませんでしたので、夫は「妻の猫に対する思いは相当なものだろう」と確信を深めていったのでした。
しまいには夫はこんな風に思うようになりました。
「彼女がここまで熱心なら、猫を飼うのもいいかもしれない。猫はあまり手間もかからないと聞くし、子供がいない代わりに、猫がいたら少しは彼女の気も安らぐかもしれない。そしてそれが彼女の心身にもいい影響を与えて、もしかしたらそれで子供ができるきっかけにもなるかもしれない」
夫はたいしてなんの根拠もなくそうやって前向きな結論に至ったのでありました。そして心密かにその夢を膨らませ、パソコンにのめり込む妻を遠目に見守りながら、一人でニヤニヤしていたのでありました。
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