第6幕
今日も彼女たちの声が響く。
部活の開始を示すその声は、文化棟に反響して、グラウンドで練習をしている部活動のもとにも、うっすらと聞こえてきた。
今日も今日とて、御坂高校演劇部の活動が開始されるのである。
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部室の机の上には、何枚かの脚本候補が置かれている。
先週の脚本の山々に比べれば、この程度の数の脚本など、彼女たちの前では全くの無力であった。
しかしまだ、脚本の選別という作業が終了しているわけではない。この残っている何枚かの脚本を全員で読み比べ、その中から上演したい一枚を選別する。
その選ばれた脚本こそが、今年の夏の大会で、御坂高校演劇部が上演する作品となるのである。
だがこの、“脚本の選別”という単純で重要な作業が、中々に大変なのだ。
何故かと言われれば、その理由は簡単で、一本60分もある高校演劇の脚本を、全員で全て読まなくてはならないからだ。
ただでさえ部活内で、一本60分の脚本を数回に亘り何本も読むというのは、非常に時間がかかる。そのため事前に、
「各自で脚本はある程度読んでおいてくださいね」
と先週の新入生歓迎会の後、美香部長からそう連絡があったのだった。
「それでは部活を始めますが、皆さん、きちんと脚本は読んできましたか?」
「はい!もちろんです!」
「流石絢音ね」
「他の皆さんも読んできたみたいわね。それじゃあ部活を始めます」
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脚本を読むにあたり、部室ではなく体育館の舞台上で行うのが良いのである。
理由としては単純明快で、体育館は音が反響しにくく、尚且つ非常に広いため、脚本を読んだり舞台の練習をするのにはうってつけなのである。
絢音たちは、文化棟の廊下から体育館へと向かう。
文化棟が体育館と繋がっているため、演劇部としては非常に効率よく練習が出来るのである。
「失礼します」
美香は無人の体育館にそう挨拶をして、裏口から体育館の中へと入っていく。
裏口を抜け、体育館の舞台へと上がる。
無人にして無音。
無音にして静寂。
体育館には、絢音たち以外の他人(ひと)の気配は一切感じられなかった。
「それじゃあ今から脚本読みをするのだけど、今日は–––––」
今日はこれです、と数枚ある脚本から一つを選んだ。
脚本の試し読みをするにあたり、それぞれがある程度脚本の内容を理解しておく必要がある。
絢音は、脚本を事前に読んできていたとはいえ、やはり経験の差や慣れの差なのか、所々台詞で声が詰まってしまったり、
「絢音、そこ少しニュアンスが違うかも」
と詩先輩に指摘されたりする。
「成る程…頑張ります!」
「徐々に直していけばいいからね」
……まだ貴女達は時間があるのだから。
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私は横目でひとり、脚本を読む絢音の顔を見る。
真剣な眼差し。
強張る頰。
その姿は、今まで私が思っていた絢音のイメージとはかけ離れていた。
けれど、変わらない部分もあった。
先輩たちからアドバイスを貰ったとき、
「ありがとうございます!」
と笑顔で返していることなのである。
ああ、やっぱり絢音は心から演劇を楽しんでいるのだと、私はそう確信した。
チャイムが鳴り、本日の部活動の終了を知らせる。
終わりの挨拶を済ませた後、私は少しだけ勇気を出して、
「ねえ絢音。今日も一緒に帰らない?」
と、私から絢音にそう誘った。
「もちろんだよ!」
絢音は、いつもと変わらない笑顔で、そう答える。
日が暮れる頃、東の空には既に、お月様が白く浮かんでいた。
いつもと同じ通学路。
いつもと同じ会話。
いつもと変わらない帰り道。
もしかすれば、この日常を自分の手で壊してしまうのではないかと悠希はひとり、心の中で怯えてしまう。
そんなとき。
「ねえ悠希、今日の夜、電話してもいい…かな?」
一言。
絢音は一言、悠希に向かってそう問うた。
…なぜだろう。こころがキュッと締め付けられる。
けれど私は、なぜかそのことがとても暖かいように感じた。
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夜も更け、家の外は暗闇に閉ざされている。
街頭という暗闇に比べれば遥かにちっぽけな光を頼りに、人々は道を迷わず歩いていく。
部屋の電気があるとはいえ、悠希の家であるマンションのベランダは、部屋からの薄い光が差しているのみだ。
闇を覆う静寂。
時計の秒針のみが響く部屋。
その夜の静寂をかき消さんと、悠希のスマホの着信音が、静かな部屋に鳴り響く。
「もしもし、絢音?」
「もしもし、悠希。どうしたの?今日なんだか元気が無いような感じがしたけど…?」
「ううん、何でもない」
自分の弱さを見せまいと、悠希は必死に平静を取り繕う。
「ねぇ悠希。今の空を見てみてよ」
「どうしたの、絢音?」
「ん?たまには月を見ながら電話をしてもいいかなって思って」
「なにそれ」
少し頰が緩む。どこまでいっても、絢音は絢音なのだと、少しだけ安心した。
悠希は、絢音の誘いに乗り、家のベランダから、今日の夜空を見上げる。
白く光り輝く満月。
星々の小さな光が、街の光に掻き消される。
「星、少ないね」
「うん、今日は確かにそうだね」
いつものような、なんてことはない話。
絢音は私を元気づけようとしているのだと、電話越しでもわかってしまう。
「でも、よくよく考えてみたら、星って沢山の種類があって、色んな光り方があって、みんなそれぞれ違ってる。私達から見える星はほんの一部だけしか見えないけれど、もしここから満点の星空が見えたら、とっても綺麗なんだろうなぁ」
「うん、そうだね」
「だから、あんまり深く悩まなくていいと思う」
絢音は急に、そう言った。
「ここ最近の悠希、なんだか難しい顔をしてたから…」
「……」
「もし、私の勘違いだったらごめん」
「ううん、謝らなくていいよ。私は、大丈夫だから」
「なら良かった。でもあんまり考えすぎないようにね。私がいつでも相談に乗ってあげるから」
「……うん、ありがとう」
「こうやって星を見ていると、なんだか悠希と繋がってる気がするよ」
「うん、私もそう思う」
再び空を見上げる。
変わらない満月。
今にも消えてしまいそうなほど、弱い星々の光。
けれどそのちっぽけな光を、笑顔で見てくれる人がいて、向き合ってくれる人がいて。
暗い闇を覆っていたこころの靄(もや)は、今や何処かに消えてしまって。
小さいけれど明るい光。
小さいけれど大きな勇気。
そんな勇気(こころ)が、今の彼女にはあるのだから。
演劇!ぶー‼︎ あおけい @aokei1003
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