第4幕


今日の授業も全て終わり、学校という名の職場から解放される。

授業という仕事を終えた生徒労働者たちは、これから待っている各々の時間をどう費やすか、という話題で持ちきりである。家で趣味を楽しもうとする生徒やバイトのシフト時間を考える生徒、友人らと共にカフェやファストフード店に入り浸ろうと計画する生徒たち。

このように、殆どの生徒は、放課後の時間を如何に過ごすかという事をしっかりと考えていた。

もちろん、彼女たちも例外ではなく–––––

「絢音、今日が本入部確定の締切日なんだけど、一緒に書類を出しに行かない?」

放課後の部活の時間が、とても楽しみで仕方がないのである。


絢音と悠希は、一年生の昇降口を通り過ぎ、東校舎にある職員室へと向かう。

春だというのに、ひんやりと冷たい廊下。廊下の窓から差し込む光は、ひんやりとしている廊下を歩く生徒達には丁度良い暖かさで、春の陽気を感じさせるものだった。

職員室前の廊下は、中庭に君臨している桜の木によって、見事に春の光は遮られていた。それでも幸いなのは、うっすらとではあるが、桜の枝の間から、太陽の光が職員室前こちら側を覗いているということであった。

「えっと……。演劇部の顧問の先生って一体誰なんだろう……」

「昨日のうちに、先輩たちから聞いておいた方が良かったかもね……」

昨日の段階で、部活の先輩達から顧問の先生の名前を聞いておけばよかったのではあるが、二人はすっかりその事を怠ってしまっていた。なので、職員室から出てくる先生に訊いてみることにした。

「すみません、演劇部の顧問の先生って今いらっしゃいますか?入部届けを提出したいのですが……」

「あぁ、三崎先生ですね。今いらっしゃいますよ。三崎先生!」

「ん?どうしました、荒井先生?」

「部活関係の事で、お話がある生徒さんがいるみたいです」

「ん、りょーかい。ウェルカムウェルカム」

と女性の先生は、絢音たちに向かって手招きをした。

「わざわざありがとうございます」

「いえいえ。学校生活を楽しんで下さいね」

二人は荒井先生にお礼を言い、

「失礼します」

と言ってから、職員室にいる三崎先生の元へと向かった。


「えーっと、二人とも演劇部に入部希望なのね。さっき知ったと思うけど、私が演劇部顧問の三崎です。よろしくお願いね。絢音さんと悠希さん」

「はい。よろしくお願いします、三崎先生」

「3年間よろしくお願いします!」

「ここ数日、部活に顔出せなくてごめんなさいね。3年生の進路関係の事とかで忙しくて……」

「いえ、とんでもないです」

「今日は多分顔を出せると思うから、美香達にも伝えておいてくださいね」

「了解しました!」

絢音は咄嗟に、ぴしっ、と敬礼のような格好を取る。

「それじゃあ頼みましたよ。絢音伝令兵」

「サー、イエス、サー」

三崎先生は何故かノリノリである。

そんな小芝居を手短に済ませて、二人は職員室を後にした。

–––––––––––––––––––––


「こんにちは〜」

「こんにちは」

絢音と悠希は挨拶をしながら、部室のドアを開ける。先輩方の挨拶に混じって、どこかで聞き覚えのある声があった。

それもそのはず、部室には、寺内部長と木野瀬先輩、立花先輩の他に、紗奈の姿もあった。

「あれっ、紗奈も演劇部にしたんだ!」

「そうなのよ〜!二人とも、今日からお世話になります!」

「よろしくね、紗奈ちゃん」

御坂高校演劇部の新入部員が揃ったところで。

「全員揃ったみたいね。それでは、新生御坂高校演劇部の、今日の活動を始めます」

木野瀬副部長以下、全員の明るい返事が部室を覆い、

「お願いします」

と、寺内部長に続いて、部員彼女たちは開始の挨拶をした。

––––––––––––––––––


声出し練習と滑舌練習を終えた絢音たちは部室に戻り、席についていた。

「改めて、よろしくお願いします。みどり先輩」

「そ、そんなに畏まらなくていいですよ。もう同じ部員なんですから」

「そうよ。私は部長だけど、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ〜」

「はい!」

「そういえば、今日は先生は来るのかしら?」

「三崎先生は少し来るみたいです」

「了解」

そんな話をしていると、部室のドアが開く音がした。

「美香、持ってきたわよ」

「あら、ありがとう、詩」

「べ、別に。このくらい大丈夫よ」

美香のお礼に対して、詩は少し照れながら––––––訂正。

詩は決して照れているわけではない。決して照れているわけではないのだが、どこか嬉しそうにそう返した。

「かわいいですよね、木野瀬先輩」

そんな詩の姿を見て、みどりは小声で紗奈に話しかける。

「わかるわかる。あの少しツンツンしたところがなんとも––––––」

「ち、ちょっと!何話してるのよ!」

ヒソヒソと小声で話す二人に対し、詩は頰を少し赤らめながらも、それは全力で否定した。

「せ、先輩。先輩がさっき机の上に置いたこの紙の山って––––––」

「ああ、それ?それ、全部脚本だけど–––」

––––––山。

もはや山という以外に適当な表現が見つからない程、それらの脚本は机の上を覆い尽くしていた。

「こ、この中から選ぶんですか……?」

「当たり前よ。でも……流石にこの量は多すぎたみたいね」

「うーん、流石にこの量の半分くらいから選ぶのが妥当……だと思うわ」

美香は軽く頭を抱えた。

そんな脚本の山に席巻された部室の空気は、

「こんにちは」

部室のドアを開けると同時に現れた、眼鏡をかけた女性の教師の挨拶によって、跡形もなく消え去った。

「あ、三崎先生。こんにちは」

「こんにちは。少し時間があったから来てみたんだけど……相変わらず凄い量よね。うちの部の脚本」

「確かにそうですけど、この量はどうかと思いますよ……」

「そうだなぁ。また夏休み中に掃除をするとして。一年生の3人は、演劇部に少しでも慣れてくれた?」

「はい!楽しいです!」

「こんな珍事も起きちゃうけど……まぁ、楽しいならそれはそれで」

すると、三崎先生は軽く手を二回叩いて、

「新入部員歓迎会をやるから、今週末、予定を空けておくように!」

と、明るい口調でそう言った。

「先生、今年は何をするんですか?」

「今年は……?」

「毎年違うことをやってるんですよ。昨年は映画鑑賞をしたんですよ」

「へぇ〜、映画鑑賞かぁ〜」

「今年の新入生歓迎会は、劇団演劇の鑑賞会をします。詳細は部長に連絡しておきますね」

「はい、わかりました」

「今年は劇団演劇鑑賞かぁ〜」

「劇団……一体どんな舞台が観れるんだろう?」

「うん、楽しみだね」

終了時刻のチャイムが鳴る。

「それでは、御坂高校演劇部、今日の活動を終わります」

開始同様に、明るい返事が部室を覆う。

「ありがとうございました」

寺内部長に続いて、彼女たちは終わりの挨拶をした。


こうして、私は高校で初めての部活の初日を終えたのだった。




(続)

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