第1幕

春。

新学期の季節。入学式の季節。

桜が咲き誇り、一年のスタートにふさわしい季節に、私、柳葉絢音は高校生になった。

高校生と言えば、勉強に恋愛、バイトに新しい友達。世の高校生は、そんな“青春”と呼ばれるものを謳歌している。

その青春に忘れてはいけないものがある。

そう、青春の醍醐味のひとつ、部活である。

私は入学する前から既に入りたいという部活は決めていた。

私が高校生になったら、ずっとやりたいと思っていた部活があるのだ。それは–––––


「たのもー!」

私は、小さな部屋のドアを思いっきり開ける。

その突然の音と気迫で、部屋の空気はカチカチに固まってしまった。そして、その小さな部屋には、四人の女の子が椅子に座っていた。

「…えーと、貴女は…入部志望者…よね?」

「はい!そうです!」

沈黙を破ったその質問に、絢音は元気よく答える。

「それじゃあこっちに座ってくれるかしら?」

「はい!わかりました!」

部屋のドアを閉めて、指示された場所に置いてある椅子に座る。私の隣には、ひとりの女の子が座っていた。

隣に座っている女の子は、私と同じリボンの色だ。私と同じ一年生…なのかな?

「早速だけど自己紹介をしましょうか。私達の事を知って貰わないといけないですから」

「賛成。それじゃあ美香からお願い出来る?」

「ええ、大丈夫よ。ということで、私が部長の寺内美香。学年は三年生。これからよろしくね〜」

「副部長の木野瀬詩。美香と同じく三年生よ。あ、あんまり頼りすぎないでね」

「え、えーと…二年の立花みどりです。好きな色は緑です!よ、よろしくお願いします!」

どこかのほほんとする感じの寺内美香に、少しツンツンしている木野瀬詩、どこか可愛らしい雰囲気がある立花みどり。この三人はある意味、調和が取れているような気がした。

「それじゃあ次は二人の番ね。うーんと…じゃあ、白いお花の髪留めを付けている貴女からお願い出来るかしら?」

白い花の髪留め…。もしかして…いや、もしかしなくても、私のこと⁉︎

「は、はい!い、一年二組の柳葉絢音です!えぇと…よ、よろしくお願いします!」

き、緊張したぁ〜。なんとか言えたけど、おかしなところは無かったよね…?

「よろしくね、絢音ちゃん」

寺内美香は絢音に対して、優しく微笑みながらそう言った。

「元気がいいじゃない。が、頑張りなさいよね」

「すみません、詩先輩は初対面の子がいるとツンツンしちゃうんですよ。可愛いですよね〜」

「ち、ちょっと!」

「ふふっ、いつもこんな感じなのよ〜」

とまあ、いつもこんなどこか気の抜けた、少しゆるゆるとした感じなのだが。

「それじゃあ次は隣の子ね。お願い出来るかしら?」

「は、はい」

そう言うと、隣の女の子は静かに席を立った。

…そういえば、隣の女の子の姿をあんまりしっかりと見ていなかったっけ。

さりげなく隣の女の子の容姿を確認する。


ラベンダーのような色の紫の髪。

アメジストのような瞳。

ツインテールの髪型のその子は、少し緊張したような面持ちで–––

「私は、一年一組の三河悠希です。これから、よろしくお願いします」

そんな、歳相応の落ち着きを見せながら、三河悠希という女の子は、そう言った。

「そういえば、まだ入部した理由を訊いていなかったわね」

寺内先輩は、新入部員である二人にそんな質問を投げ掛ける。

すると、絢音は立ち上がって、

「私は、これを通して、皆んなや色んな人に幸せになって貰いたいんです」

そんな、本質的で幻想的で、それでいて現実的なことを言った。

そんな中。

「––––––––」

悠希は、堂々と真剣な眼差しでそう語った。

–––––––––––––––


春。

始まりの時期。出逢いの時期。

草木は芽吹き、生命が誕生する季節に、私は高校生になった。

そう、高校生といえば”青春”である。

何故、私がこの御坂高校に入学しようと思ったのか。その理由は至ってシンプル。

かつてこの高校は、とある部活で全国大会へと出場した事がある。その時の部活の活躍を観たことで、私は、自分自身の夢への道を再確認する事が出来たのだ。そして、運命のいたずらか、運良くこの御坂高校の近くに越す事になったのである。

そう、その部活こそが私の目的。私の入部したい部活なのだ。

その部活の部室があるのは、西校舎ここから幾分か離れたところにある文化棟である。

数年前までは、西校舎ここの代わりとなっていたのだが、その利便性の悪さと老朽化により、新しく西校舎が建てられる事となったのだ。

だが、『取り壊すのは惜しい』と、当時の学長の一言により、文化部の部室兼倉庫として使用される事となった。しかしこの際、少しではあるが改修工事が行われた、とのこと。

私は、その部室がある文化棟へと歩みを進めた。

本来、人と関わるということがあまり好きではない私にとって、“部活”というものは苦痛であり無意味なものでしかない。

しかし、私はその密かに眠る苦手意識を克服する為に、ずっとやってきた事がある。

元々、それは好きだったのか、と問われれば、確実に『NO』と答えるだろう。しかし、それのお陰で今の私があるのだ。私自身をカタチ作ってくれた、あの出来事には感謝しても仕切れないのだ。

文化棟に着く。今では殆ど見かけない二階建ての木造のその建物は、懐かしさと共に、どこか哀愁を漂わせていた。

昇降口で靴を脱ぎ、丁寧に靴箱へと仕舞った後、木で出来た薄暗い廊下を静かに歩いていく。

目指す部屋は一階の廊下の端にあるのだが、その部屋までの道のりが意外と長く感じた。一歩一歩と歩く度に、少しずつではあるが、脚が重く感じてしまう。

やはり、自分では自覚しきれていないところに、過去の記憶が残っているのだろう。

あの時の負の記憶。

思い出したくもない、今気にするだけ無意味な、そんな記憶。

けれど、あの時。

あの時に出来た、初めての友人の事は忘れる事は決してない。

今の今まで、最初で最後。

もしかすると、これからも最初で最後になるかもしれない、あの子との僅かな思い出。

そんな昔の記憶が脳裏を駆け巡っているうちに、目的の部室に到着した。

木で出来た部室の引き戸を前に、私は軽く深呼吸をする。

––––よし。

自信を持って。大丈夫。

ノックをして、静かにドアを開ける。

「し、失礼します」

「もしかして、入部希望者…ですか?」

部員と思わしき茶髪の先輩は、私に質問した。

「は、はいそうです。ええと…」

「ようこそ、御坂高校演劇部へ。取り敢えず、そこの椅子に座ってくれるかしら?」

私は、はい。と返事を返して、指示された通り、その座っている先輩達の目の前の長机の椅子に、ちょこんと座った。


…最早言うまでも無い。

そう、私の“目的の部活”というのは、【演劇部】なのである。

元々、演劇は好きではなかった。それどころか、あまり良い思い出など全くと言っていいほど無いのである。

しかし、小学生の頃。

あの時のことをきっかけにして、私は“演劇”というものに興味を持ち始めた。

そして今では、演劇というものを通して、ひとつの目標でもあり、夢に近いものを持っているのである。

そんな事を考えながら、私が床に鞄を置いた瞬間。


「たのもー!」


そんな、やる気いっぱいの声と思いっきりドアを開ける音とともに、その少女は突然姿を現した。

その嵐のような彼女の、突然の出現によって、部室の空気は固まってしまう。

「…えーと、貴女は…入部志望者…よね?」

と、茶髪の先輩部員は戸惑いながらも、突然現れた嵐のような彼女に対して、当たり障りの無い、そんな質問をした。

「はい!そうです!」

沈黙を破ったその質問に、彼女は元気よく答える。

「それじゃあこっちに座ってくれるかしら?」

「はい!わかりました!」

彼女はそう言うと、部屋のドアを閉めて、私の隣の椅子に座った。

黒い髪にショートヘア。

白い花の髪飾りを前髪につけた彼女は–––––

間違いない。

やっぱり、あの子だ。

「早速だけど自己紹介をしましょうか。私達の事を知って貰わないといけないですから」

「賛成。それじゃあ美香からお願い出来る?」

「ええ、大丈夫よ。ということで、私が部長の寺内美香。学年は三年生。これからよろしくね〜」

「副部長の木野瀬詩。美香と同じく三年生よ。あ、あんまり頼りすぎないでね」

「え、えーと…二年の立花みどりです。好きな色は緑です!よ、よろしくお願いします!」

私が部室に来た時に話しかけてきたあの先輩は、演劇部の部長である寺内美香先輩。あの青い髪の先輩は副部長である木野瀬詩先輩で、緑色の髪の少し小さくて可愛らしいのが立花みどり先輩。

個性的な先輩たち。

とても仲良しで楽しそう。

けれど、私は本当にここが私の居場所なのか。本当に、この部活は私の夢を追い続けられるような、そんな原動力になるような場所なのか。私は、そんな感じには思わなかった。

「それじゃあ次は二人の番ね。うーんと…じゃあ、白いお花の髪留めを付けている貴女からお願い出来るかしら?」

「は、はい!い、一年二組の柳葉絢音です!えぇと…よ、よろしくお願いします!」

柳葉絢音。

その名前は忘れるはずがない。

その思い出も忘れるはずがない。

だって、絢音彼女は––––

「それじゃあ次は隣の子ね。お願い出来るかしら?」

その、私に対して向けられた質問を前にして、私はすぐに我に帰った。

すうっ、と小さく深呼吸をして、ちいさな緊張を取っ払って、

「私は、一年一組の三河悠希です。これから、よろしくお願いします」

そんな、万人に対して、特に当たり障りの無い挨拶をした。

「そういえば、まだ入部した理由を訊いていなかったわね」

寺内部長は、私たちに新入部員に向けて、そんな質問をした。

すると、彼女は突然立ち上がって、

「私は、これを通して、皆んなや色んな人に幸せになって貰いたいんです」

絢音は、そんな本質的で幻想的で、それでいて現実的なことを言ったのだった。

けれど、そんな幻想なんて要らない。

私は、どうしてもやらなければならない夢がある。目標がある。目的がある。

私は、その為にずっと努力をし続けてきたし、その為に演劇という世界にのめり込んだんだ。

だから、私の入部目的はただ一つ。

「私の目標は、全国大会の舞台に立つこと。ただ、それだけです」

私は、真剣に自分の夢について、そう語った。



(続)

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