演劇!ぶー‼︎

あおけい

わたしの出番が近づく。

緊張からなのか、わたしの心臓はばくばくと音を立てて震えている。わたしは、ふうっ、と静かに深呼吸をした。

大丈夫。わたしならできる。だって、あれだけ練習したんだから。

胸の前に両手を当てて瞼を閉じる。心臓の動きが、両手から小さく伝わってくる。深呼吸をしたおかげで、大分楽になったみたいだ。


–––––よし。

ついにわたしの出番がやってきた。

舞台袖から、ゆっくりとゆっくりと歩いていく。

衣装を着た女の子の前で歩みを止める。

でも、また緊張のせいで体がかたくなってしまった。だから、わたしはまた、かるく深呼吸をした。

すると、すうっと体中の緊張が消えた。


これなら、できる!


「そこのお嬢さん、甘い甘いリンゴは要らないかい?」

「あら、リンゴ?頂くわ」

「えぇ、それじゃあ––––」

少女は、リンゴが入っている布が掛かった籠へと手を伸ばす。

だが、その籠の中にはリンゴはひとつも無かった。

–––––え?

まただ。またあのいじめっ子たちにやられたんだ。またわたしをいじめようとしてきたんだ。

なんで…わたしだけ…。

このままだと、先に進めない…!

こんなことをされて泣いてしまうわたしが情けない。そう思えば思うほど、涙が溢れてきてしまう。

必死に涙を堪える。

でも、またわたしのせいで迷惑がかかってしまう。また他の人を困らせてしまっている。なんでわたしだけ、こんなことをされないといけないのか。

そう思ってしまうと、自然に涙が溢れてしまう。

あぁ、またわたしのせいで。またわたしが台無しにしたんだ。みんなに迷惑をかけているんだ。

彼女は、もう泣き崩れる寸前だった。


–––––その時。

ダン!と誰かが倒れる音がした。

その音は目の前から。

彼女は恐る恐る音のした方を向く。

「–––––––!」

そこには、お姫様役のいじめっ子を馬乗りしている、女の子の姿があった。

「何をしているの⁉︎」

驚いた様子で、担任の先生が舞台袖から走ってくる。

あまりの急な事態に、わたしは何が起きているのかをすぐには把握できなかった。

けれどその少し後、この子がわたしを守ろうとしてくれた、という事だけはすぐにわかった。

この出来事で、発表会は中止になってしまった。

–––––––––


夕焼けのオレンジ色の光が教室に差し込む。

殆どの生徒は帰ってしまい、今この教室に残っているのは、あの女の子とわたしだけ。


–––さっきの事を聞くには、今この時しかない。

わたしは、意を決してさっきの事について聞いてみる。

「…あの、––––さん、何であんな事をしたの…?」

すぐには返事は帰ってはこないだろう。そう思っていたのだけど。

「…あのまま放っておいたら、私の大切なものが、壊れて消えてしまうと思ったから」

その女の子は、今にも消え入りそうな声で、でもはっきりとそう口にした。

「大切な、もの…」  

「…うん。私の初めての大切なもの」

そう言うと、その女の子は笑顔で微笑みかけた。

普段は絶対にすることのなかった、わたしから見れば初めて見た、女の子の純粋で嬉しそうな笑顔を。

窓から差し込む夕陽。

橙色のその光は、女の子の笑顔を眩しく、けれど優しく照らしていた。


その後、女の子は担任の先生に連れられて、わたししか居なくなった教室を後にした。

その女の子はあの出来事のせいなのか、次の日には既に転校してしまっていた。


一言。

あの時、引き止めて一言言っておけば良かった。心の底から自然と湧いてきた、あの優しい言葉を。

けれど、もう時間は戻らない。思い出は繰り返せない。

でもいつか。この一言をあの子に言える日が来ると信じて。


今からもう5年も前の–––私が小学生の頃に起きた、忘れられない、大事な大事なお話なのです。

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