第10話『夢であって現実で・・・』

<<10-1>>

「………どう思う?羽月?」

「…まぁ、いいんじゃね?」

「お墨付きいただきました!イェエイ!」

耳に当てた端末越しに、パチンと手を叩き合う音が聞こえてくる。


春から梅雨時にかけて、俺は天野に一通りギターの事を教えてきた。

最近になってようやく独り立ちしてくれたのだが、それからというものの、奴の成長は凄まじいものだった。

今でも紹介したスタジオに熱心に通い続け、放課後はそこで意気投合したバンドマン達と修行の日々を送っているらしい。

「正直、こんなに早いとは思わなかった。半年はかかると思ってたのに、まだ期末テスト間近の時期だぜ。」

「………。」

「もしもし?」

「あははっ、何ー。なんか言った?」

「………。まぁ、お前がいいならそれでいいけどさ。」

そう、もう期末テストが近付いている。

時間が過ぎるのはあっという間で、前まで涼しげだった夜はすっかり寝苦しいものに変わってしまった。

「なぁ、羽月?」

「何だよ?」

「明日、Readingの和訳写させて。」

「ざけんな。」

「ちぇーいいじゃんケチー。」


講義するその口調から、口を尖らせていじけてる奴の顔がしっかり想像出来る。

いつの間にか、奴との関係は切っても切れないものに変わっていた。

だが、それとこれとは話が別だ。

こちらか数時間かけた手間を休み時間の10分で片付けられてたまるものか。


「まぁそんな事はさておき。」

「ん?」

「学園祭なんだけどさ。何と!わたくし天野は、今年のステージ企画の一枠にてバンド出演が決定しました。」

「はぁ??」

驚きの余り、敷き布団を思い切り踏みつけ体を起こす。

流石天野…これまた突拍子もない。

「メンバー集まったのかよ?」

「もち~。ベースは店長。ドラムはおっちゃんに入って貰うんだ。」

「貰うんだ…って。在校生じゃないんかい!」

「大丈夫だって。心配性だなぁ。」

後で知ったが、ステージの機材は全て店長のスタジオからの貸し出し品なのだそうだ。

そして、ドラムの謎のおっちゃんは我が高校のOBで娘が在学中なのだという。

だから、選出の基準として筋は通って・・・やっぱよくわかんない。

「それで?インストバンドにすんの?」

「ううん。ボーカルだけまだ見つからないんだよ。」

「そっか。」

「そう。だからね。」

「断る。」

「・・・まだ何も言ってないじゃん。」

「お前の話は大体読めるからな。」

「えへへ。」

「そこ、喜ばない!」

「なんでそこまで頑ななのさ。」

「さぁな。」

「いけず~。」

「おうよ。宿題やってから寝ろよ、じゃあな。」

「あっ。」



<<10-2>>

電話が切れ、機械的な音だけが耳の中で繰り返し反射する。

「もうっ。」

「振られちゃったね。」

後ろで通話を盗み聞いてた仲間の一人が、肩を叩いて茶々を入れてくる。

「うるさーい。」

「貴方も何で彼にそんなに拘るの?嫌がってるなら誘うだけ時間の無駄だし、抉れるだけじゃない。」

むー。

「まぁ、そうだけどさ・・・。」


これは去年の今頃のことだ。

「ねぇさとる、MINORITYって知ってる?今、最も熱いアマチュアバンドなんですって。」

「へぇー、知らない。どんな感じ?」

「どんなって・・・。あ、Oma=tubeに動画あがってるから見てよ。」

これこれっと、隣席の女子から差し出されたスマホにイヤホンを装着し、動画を再生する。

「・・・・・・・・・ん?」

「何々?」

「なんかこれ、聴いたことある・・・。」

「え、そうなの?悟もそういうとこ行くんだー。意外。」

「いや。でも、なんか聞き覚えがあるなって思って。」

「はったりかよ!ねぇじゃあさ、今度一緒に行こうよ!絶対嵌るって。」

「いやぁ・・・。」



<<10-3>>

「はぁ。何でアイツ!」

こうなんだ!と、身体をねじって力いっぱい枕を壁に投げ付ける。

放り出された枕は机の上の文具や本を大量に巻き込み、大袈裟な音を立てて墜落した。

「何?どうしたの?」

「何でもないよ母さん。ちょっとドジっただけだから。」

「・・・ならいいけど。」

「うん、大丈夫。」

「そう・・・。」

そうだ。俺はまだ大丈夫。


・・・・・・・・これは去年の夏頃のことだ。

「ただいま~。あき、ちょっといいか?」

期末テストも終わり暇を持て余してベッドに寝転がっていると、聞き覚えのある声に体を起こした。

「ん。何ー?」

「暇そうな君に兄ちゃんからプレゼント。」

一人暮らしのアパートから突然帰ってきたと思うと、兄貴は顔をにやつかせながら一枚の紙きれを差し出してきた。

「これって。」

「特等席を用意したからな、楽しみにしとけよ~。公演日は"お前の日"。」

「は?・・・あぁ。」

ミシン目の付いた細い紙切れに、デカデカと並ぶ文字の羅列。

「お前、毎年言わないと忘れてるだろー。」

「そういやそうだったね。」

そこには俺、羽月彰浩あきひろの誕生日が記されていた。

「あと、これはまだ秘密なんだけどね?」

「何・・・?」

「・・・やっぱ言うのやめたー。」

「なーんだよ!」

「まぁ、楽しみは最後まで取っておくさ。」

「あら、晃汰?そろそろご飯出来るけど食べてかない?」

「練習前にちょっと寄っただけだから大丈夫だよ。じゃあ彰、当日に箱でな。」

それだけ言い残して、兄貴は去っていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして当日。

そう、当日。


俺は、

俺達は、


を目にしたのだ。

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虚空のビート 紅陽(くれは) @magentsun

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