第7話『値段は相応にモノを言う。』
<<7-1>>
「なぁ、天野さ~。」
「何?」
「俺はいつまで付き合わされなきゃいけないの?」
「ん?」
天野のギター探しを手伝ってから1ヵ月が経過した。
ストーカー被害歴は絶賛更新中である。
そりゃぁもう、滞りなく。
ボロy・・・いや、質屋での試奏を経て、天野は欲しいギターのイメージを掴むことが出来た。
出来たのだが・・・
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「藤吉さん!俺、このギターが欲しい!買ってもいいかな!!」
「お、テレキャスターにしたのかい。あぁ、6連サドルのやつか。うんうん、現代的だし、メンテもし易いだろうからアリかもだ。けれど・・・」
そう、だけれども・・・
「こいつは結構するぜ?それに、必要なメンテ費用、部品代、備品等諸々含めて・・・。ざっとこんなものだ。」
ブツブツ言いながら藤吉が電卓を叩くと、そこに映し出された金額を見て天野は仰天した。
「うわ、高っ。こんなにするもんなの?」
助けを求める眼差しでこちらを見てくる天野。
「まぁ、でもこんなもんでしょ。ここまでサービスしてくれて、寧ろ安いくらいじゃない?」
「13万円かぁ・・・。自分の人生で一番高い買い物になっちゃうよ。」
所謂初心者セットとしては確かに高額であっるし有り得ない金額ではあるが、それはあくまで藤吉がギターに合わせて妥協のないチョイスをしてくれたからだ。
というのも、本体は新品14万円程度で流通しているものだった。それを中古価格で約9万円。
経年劣化に伴うクリーニングと各種部品交換で作業費2万円。
備品のセット・・・アンプとヘッドホン、シールド、ギタースタンド、ケース、クリーナー、交換弦があってそれらが計1万5千円程。
とはいえ、稼ぎの少ない高校生のお財布事情は非常に厳しい。
残念ではあるが、予算と価格は切っても切り離せない問題である。
そうそう、忘れてたけど更に消費税がかかってくるから実質・・・
って、ちょっと待って、ここってただの質屋だよね?
業務内容逸脱してない?届出とかちゃんとしてる?大丈夫?
「・・・・・・そうですか。考えときます。」
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…とまぁ、そういう訳で帰り道は非常に面倒だったのである。
だが翌日、天野は更にとんでもないことをしでかした。
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「ねぇねぇ、羽月、羽月!!」
「なんだよ、うっさい!」
「これ見て、これ!このギター!俺が欲しかったのと同じデザインのやつ!ネットで見つけちゃった!!」
「…どんなん?ちょっと見してみ?」
「それでなんと!速攻でポチッちゃいました!」
「はぁ!?」
天野からスマホを分捕る。お陰様で、朝の眠気は流星のごとく吹き飛んだ。
『バカ売れ!/即納!/初心者必見!/ギター/テレキャスター/入門セット16点/選べるカラー』
んでもってMade in China、その値段なんと2万3千円ときた…。かなり怪しい奴ですね、これ。
まぁ…うん、おめでとう御座います・・・・・・。
もう、どうにでもしてください…。
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それから2週間にかけて、
店から購入メールが来ない!、
発送連絡が無い!、
送料高い!
・・・と大騒ぎだったものの、無事に製品は到着した。
「うわぁ、ギターだ。俺の、俺のギターだよ!羽月!!」
嬉しさのあまり、天野は箱に入ったままのブツを高校に持ってきた。
お前本当尊敬するよと皮肉ってみると、羽月に一番に見せたかったからだという。
そうだろうなっ!
中身はというと…
中の惨状は酷いものだった。
緩衝材はちゃっちく、備品はグチャグチャに散らばっていた。
手で取り出すのも難しそうなので箱を倒して揺すってみるも、ピッチピチの箱に本体が詰まっているらしい。
「せぇの~!」
二人がかりでギターを引っ張り出して備品を取り出す。
ギターはさらに包装材で包まれており、まだ顔を見せてくれない。
「いざ、ご対面~!」
勢いよく包装を一回転し、目の前の相棒をひん剥いてく。
しかし、問題はここからだった。
「「えぇ………。」」
顔を出したギターは粉だらけだった。
研いだものを碌に処理せずにそのまま組んでしまったのだろうか。
部品の間々は僅かではあるが、素人目にも分かるくらいの隙間があり、そこに木屑が溜まっている。
「ま、まぁ・・・身に着けて格好良ければオールOKだし!そのために色だって拘ったんだし?・・・あれぇ?」
入門用ギターは赤や水色、黄色等、カラーバリエーションに富んでいるものが多い。
なので、自分の好みや個性を出しやすく、形から入るにはもってこいなのである。
種類が多いとはいえコストを抑えるために原料は限られる。
故に、仕上がりはどうしても単調になってしまったり安っぽちになり、玩具感が出てしまうことも事実だ。
「歳とっても恥ずかしくないように、渋くて恰好良いっていうか・・・落ち着いた色がいいと思ったんだよね。」
「いや、お前、歳とってなくても普段から十分恥ずかしいからな。」
「何でそういうこと言うの!?」
天野の拘りの色・・・それはナチュラルだった。
ボディーを形成する木材にクリア塗料を厚塗りすることで、木目の美しさを最大限に生かしながら木の色に深みを足し、艶やかさを付与したカラバリである。
でも・・・あれ?これ、全然艶々してないし・・・木材剥き出しじゃない?
「い、いや、いくら見た目が良ければいいってもんじゃないし!色は楽器の本来の役割とは関係ないし!」
そうだけどさ。
「そんなことより、ちょっと弾いてみてよ、羽月。」
「お前の楽器だろ?嫌だよ。」
「ほら、パーツの調整とかよく分かってないし、見てくれると助かる。」
渋々と、天野からギターを受け取る。
楽器を弾く基本。まずはチューニングだ。
ヘッドに6本ついているペグというゼンマイ状の部品を回して弦を巻き取っていき、弦の張りを調整する。
・・・緩!回りません。
いや、正確にはペグは回っているのに、弦が巻き取られない。どこかが馬鹿になっているようだ。
弦も錆付きが酷い。一弦がさっきから膝に当たっているのだが、ズボンのひっかいたところが、なんか茶色くなっている。
サドルも緩い。ねじの調整が雑でガタガタに動いて安定しない。
んでもってネックはバリだらけ。持っている手に、何か刺さっているような感覚がある。これ使ってたらいつか怪我をしそうだ。
「・・・・・・音出しをしてみよう。はい、6弦の開放。」
ギターのネックに左手を添え、特に弦を押さえていない状態で6弦を一回弾く。
問題なければ、ミの音が鳴り続ける筈だ。
♩→→→
うん。
↝↗↑
うん?
あれ?弦を弾いた時と伸びた音が消える時で違う音がするよ?
「うん・・・まぁ、テレキャスターらしさらしいな。」
「それって良いことなの?」
ノーコメントである。
トンデモないものを目にしてしまった。世界って広いなぁ。
その日は、ブツを持ち込んだことを教員にばれないように放課後まで隠し通し、チャイムと同時に藤吉のところに駆け込むことになった。
<<6-2>>
「まぁ、高校生のお小遣いで買えるようなグレードじゃ、多少粗があっても仕方が無いと思うよ。とりあえず貸してごらん?」
「お願いします!安く済むといいんだけど。」
藤吉に箱を渡し、中身をチェックして貰う。
最初は天野に肯定的だった藤吉だが、一つまた一つと確認していく内に、表情は見る見る曇っていった。
そして最後に、弦を弾いて耳を澄ますと、大きなため息をついてこう言った。
「・・・これはちょっと無いな。大改修ものだよ。ところで、作業費いくらまでなら出せる?」
「あ、はい…。相談してきます……。」
結局、合計で初心者向けギター1本分の費用を浪費をする羽目になった天野である。
誠に遺憾であるが、コイツの世話はまだまだ終わりそうにない。
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