第6話『選ぶとは全身で感じること』

初めての楽器演奏でいきなり弾けと言っても無理な話だろう。

最初に、弦の簡単な押さえ方を教えた。

二本の指だけで弦を一本ずつ押さえて弾く、パワーコードというやつだ。

「お〜凄ぇ!なんか俺、弾いてるみてぇ!」

アンプから音が放たれ、それは二人の体を揺り動かし、五臓六腑へと浸透していった。

不要な音が出ているし、まだ弾き方は成って無いがこれで大分感触が掴める筈だ。

そして、あっという間に一時間が経過した。

天野は指をスライドさせながらひたすらにパワーコードを弾き続けていたのだが、

突然その手を止めた。

「んーーー。あれぇー?」

「どうした?」

「弾いててあのポーーーーン!って飛び込んでいく感じが全然出ないっていうか、何か閉じ籠もって飛び出して来ない感じがするんだよねー。弾く強さで質感?みたいのが変わってる気はするんだけど、なんか違うんだよ。」

ほぅ・・・初めてでそんなところに気付くとは。

確かに、経験者は弦を弾く強さや指使いを駆使して、音の攻撃力をコントロールする。

だが、それだけでは根本的な解決策にはならない。

音の輪郭や重量感、刺さり加減を最初に決めるのはアンプとギター本体によるイコライジングなのだ。

これが甘いと、どんなに技巧的なギタリストでもその凄まじい演奏を台無しにしてしまう。

「そういえば、何も動かしてないプレ何とかってツマミは何?」

「弄ったところであまり聴こえないから、今日のところはいいよ。」

バスとミドルを午前の方向に戻し、トレブルを午後の方向へ少し進めてみる。

「鳴らしてみ?」

ジャーッジャッジャッジャーーーと天野がパワーコードを掻き鳴らす。

天野は目を光らせて、ただ、凄い!凄い!と連呼した。

どうやら要望通りに出来たらしい。

コイツは脳味噌が残念な代わりに、身体で感じ取るタイプなのだなと改めて実感する。


「どう?気に入った?」

「うん、俺、テレキャスにする!!良いかな?」

「良いんじゃない?でも、これと決めるにはまだ早いよな?」

「おう!他のテレキャスも弾いてみたい!」


俺達は再び、テレキャス墓場に目を向けた。

H( ハム)S( シングル) モデル、

SHモデル、

2ハムタイプ、

ホロウボディーに、

6連サドルタイプ等等・・・

眺めているだけでも様々なバリエーション機が並んでおり、それらが楽器メーカーの技術の進歩と試行錯誤を物語っている。

テレキャスターだけでちょっとした資料館が開けそうだ。

ん・・・?ちょっと待って。

その一番奥にあるの、もしかして幻のノーキャスターじゃない?

何でこんなボロ質に眠ってるの、ねぇ?

勿体なくない?


「お帰り。そろそろ声をかけようと思ってたところだよ。」

彼らが試奏を終え、1 階に戻った頃にはすっかり夜になっていた。

「え?」

「なんて?」

少年達の耳はすっかり馬鹿になっていた。

「あ、着信が入ってる。」

地下スタジオには電波が通っていなかったようだ。

夕食の時間を過ぎるまですっかり夢中になっていた。

スマホには、数件の不在着信がある。

「・・・藤吉さん、あと任せた。天野、飯だ。行くぞ。」

俺はスマホを放り投げ、その場から逃げ出した。

「で、何食うの?」

「決めてない。ってかこの辺、駅まで戻らないと何にもないぞ。」

「えー。」

その後、親からのお叱り電話がかかってくる訳だが、代わりに藤吉が謝る羽目になったことは言うまでもない。



-令和2年4月18日 20時17分-


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