第5話『高校生、ギター探しに引き篭もる』

<<5-1>>

「なんか、思ってたのと違う…。」

周辺には時代遅れの木造建築が佇んでおり、人通りも少なく閑散としていた。

「なあ、本当にこんなとこにあるのかよ?もう帰りたいんだけど?」

「いいから。」

人一人がやっと入れるような狭い裏道を縫うように進んで行くと、

暫くして一際くたびれた一軒家に辿り着いた。

「着いたぞ。」

「え?」

そこはどう見ても廃墟だった。

泡入りガラスを敷き詰めた古い引戸に、ひびの入った窓。

穴開きの酷い木造りの壁に、まるでカーテンのように蜘蛛の巣が垂れ下がっている・・・。

つまりは汚いことこの上なく、人が暮らしてるだなんて思えないってこと。


「んじゃ、入るぞー。」

「いやー、俺行きたかったの楽器屋・・・・・・えーーー…」

扉が軋んだ音をあげると、薄暗い押入れのような空間が顔を出した。

質屋とか骨董品屋といった方が正しいんじゃないだろうか・・・。

そこには床から棚にまで、所狭しと物が並べられていた。

それらは現代の量産文化からは考えられない複雑な意匠が施されたものばかりで、

そのどれも目を引くものがある。足の踏み場なんてあったものじゃなく、

少し油断すればその辺の置物をひっくり返してしまいそうだ。

「あれー?藤吉とうきちさーん?いないのかー?」

家の中は静寂に満ちており、人のいる気配がしない。

あぁ・・・もう何しに来たんだよ俺・・・

その場にしゃがみ込む。なんだよ、楽しみにしてたのに・・・。

やるせなく、しょんぼり、床と睨めっこ。

大きくため息をついたその時・・・

「いらっしゃーーい‼」

と、床下から中年男が飛び出した。



<<5-2>>

「あははは、ごめんごめん。」

「心臓止まるかと思いました。」

後で知った話だが、床から湧いてきた男・・・もとい、

質屋『悠有堂』の店主『藤吉』は羽月兄がバンドを始めるきっかけを作った人なのだという。

「心配してたんだよ、アイツの事があってから一切連絡取れなくなってさ。」

「それはごめんよ。ってか別に、ちょうどあの後にスマホ変えてさ、間違えて連絡先消しちゃっただけなんだけどね。でもまぁいいやって思ってたw

それと、兄貴のことはもう吹っ切れてるし関係ないよ。」

「って。お前、そんな訳無いだろ!」

いいから黙って…と天野を押しのけ、俺は話を続ける。

「でさ、部屋はまだあのまま?今日はあそこを借りに来たんだ。」

「お、活動開始かい?」

「いや?」

「違うの?てっきりメンバー見つけて来たって紹介に来たんだと思ってたよ。」

吹っ切れてるとは確かに言ったが、そこまでは流石に早とちりってもんだ。

「そうじゃないんだよ。なぁ?」

「へへへっそういう訳じゃないんですけど、そうでもなくないっていうかぁ〜。」

おい、天野。何でお前は少し嬉しそうにしてんだ?ちゃんと反論しろよ、反論を💢

「まぁ、今日はコイツの件で来たっていうのは本当。

でも、俺は音楽活動なんてするつもりはないし、この先もあり得ない。

成り行きでコイツのギター探しを手伝う事になっちゃったけど、あまりに鬱陶しいのと、ちゃんとした店に連れていくのは恥ずかしいという問題があって悩んだ結果、

ここなら何しても問題無いよなと思って来た。」

「「お前なぁ…」」

二人共何か言いたげだが、それが事実。

ここなら誰にも文句を言われることなく納得行くまで目的に専念出来るだろう。

初心者はちゃんとした店に行き、ちゃんとした説明を受けて買い物をするのが定説だが、こいつのそそっかしさを考えると『お出ししましょうか?勝手に触んないでよ!』と、やんわりお断りされるのが目に見えている。


んで、そもそも何でここなのかってことだけど・・・



<<5-3>>

「ここが藤吉ご自慢の、地下スタジオさ!」

藤吉が生えてきた床を潜って階段を降りると、物置よりも明るい空間が広がっていた。

18畳程の間取りに所狭しと音楽機材が敷き詰められ、所々に機材の山や陣が出来ている。

「最近流行りの機材から、定番品の初期ロットまで何でも御座れだ。全部、ネット質の運営の過程で手に入れた音楽機材達でね。もうどうせ持ち主もいないし自由に使っていいよ。みーんな、その場の金欠凌ぎで流されて、結局迎えが来なかった子達さ。

全く。その程度の愛なら勿体ぶらずに初めから売り飛ばせっていうんだ、愚か者どもめ。」

今、質屋の口から出てはいけないことを耳にした気がする。

「取り敢えず、基本形なら『ストラトタイプ』とか『レスポールタイプ』、変わり種なら『フライングV』から『象さん』まで色々あるからね。あと、アンプは『Marshall』と『ジャズコ』は勿論、『ツインリヴァーブ』や『オレンジ』、『VOX』の物もあるから適当に引っ張り出してね。」

「注文来たら時々取りに戻ってくるとは思うけど、俺の事と時間は気にしなくっていいから。まぁ、気に入ったのがあれば買ってくれると嬉しいかなw じゃあ、後はご自由に。」

伝える事だけ伝え、藤吉は一階に戻っていった。



<<5-4>>

「はぇー。」

突然の情報量についていけず、天野の頭はパンク寸前である。

「試しに色々手に取ってみろよ。じゃあ取り敢えず何から行く?」

「うーーーーーーん。じゃあ、これと…これと、これ!」

天野は床にべたりと座り込み、ギターの山をジーッと眺めた後、気に入ったものを指差した。

『ジャズマスター』『Ibanez RG 』『エクスプローラー』『Strandberg Boden 』だ。

気のせいだろうか・・・見事に定番を逸脱している。

「なんでこいつらにした?」

「だって、ボタンがいっぱい付いてるのとか、厳つい奴って格好良いじゃん!」

「格好良い…格好良いかぁ。そっかぁ…そうだなぁ………。」

「・・・何だよー?」

「なぁ天野、他のにしない?お前が選んだの、初心者が挫折しやすそうなものばかりだぞ。」


順に、多彩な音作りを可能にしたトーンコントロール、アーミング奏法に特化したフロイドローズ、プレイヤーに衝撃を与えた大型変型ボディー、人間工学に基づいて技巧性を追求したヘッドレスデザイン・・・といった特徴を持っている。

これらの個体差は、長い音楽史の中で痒いところに手が届く様に試行錯誤を重ねた結果に生まれたものだ。

しかしながら同時にそれは、プレイとメンテの煩雑化や高コスト化等の問題点を新たに付与してしまった。

初心者にとっての最初の壁は、メンテナンスだと言っても過言ではない。

初めての楽器は見た目で選んだ方が継続に繋がるとはよく言われている事なのだが、

最初の一本は癖の少ない定番のものを選んでおく方が安全だろう。

渋々とはいえ引き受けたことだ。

適当に終わらせたくないし、ならばきっちりと天野の性格と照らし合わせて分析しないとだ。


「えー…。じゃあ・・・・・・これ?」

「ふ〜ん。今度は一気に定番になったなぁ。」

「うん、良く分かんないけど歌う人が大体持ってるイメージ!」

天野が手に取ったのは『テレキャスター』という機種だ。

ボディーに固定化された大きな金属板の裏側から弦を通すことで振動が本体に伝わりやすい構造をしており、サウンドには金属の高鳴りと木材の揺れが大きく反映される。

そのため音が前に飛び出してくることから、『音抜けが良く、他楽器の音に埋もれない事で曲の厚みと歌いやすさを促す効果がある』とまで言われており、特に歌唄いに重宝されている。

故にそれを選ぶということは、良く言えば王道だし、悪く言えば個性に乏しいということになるのかもしれない。

誤解無きようにお願いしたいが、それだけ歴史のある名器ということだ。

まぁ、俺はテレキャスターなんて大嫌いだ。

二度と見たくないと思ってたくらいに。

「・・・じゃあ、早速鳴らしてみようぜ。アンプは取り敢えずMarshall でいいか。」

全てがゼロ位置にあることを確認し、コンセントを繋ぐ。

そして電源を入れると、カチッと軽快な音が部屋に鳴り響き、赤いランプが爛々と点灯した。

「おー。」

「そして、こいつを挿す。」

シールドでギターをアンプに接続し、スタンバイスイッチを倒す。

「今の黒いスイッチは何?」

「うーん、真空管を温めるために電気回路を制御・・・。あー、いや、腰にホッカイロを巻くみたいなもんだと思ってくれればいいと思う。」

「何かそれ、オッサン臭い例えだよ?」

「うっさい。」

「んー。でっ、まだー?待ちくたびれて足が痺れてきちゃったよー。」

「・・・。」

Volume とEqualizer つまみを12時にすると、ヘッドアンプから小さなノイズが漏れ出した。

「あ、ジー・・・って言ってる。」

無事に通電した証である。

「・・・ほい、準備出来たぞ。弾いてみろー。」

「マジ?頂戴、頂戴!」

手をばたつかせて待ちきれない様子の天野。

「あいよぉ!」

なんか腹が立ったので、その膝の上にギターご注文の品を捩じ込ませてやった。

「ふっ・・・ぁぁぁああ!」

バタバタと悶え、小さな悲鳴を上げる天野。

「痛たたただだ!!!痛い痛い!そんなにしなくても落としたりしないから、手離せって!」

「お客さーん?あんまりバタバタされると危険ですので離せませーんwww」

「その顔・・・さてはわざとやってるなァァァァアア!!」

「馬鹿言え。この重さを感じることが、音の豊かさを見極める第一歩なんだよ。よーく覚えとけよな。」

「本当かよ!!」


さて、少年二人のギター談義はまだまだ始まったばかりである。



-令和2年4月18日 17時06分-



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