【2章】だって、出会ってしまったんだ・・・
第4話『そもそも違いなんて見えてない』
「ねぇねぇ?羽月羽月ー?」
「ほぁ?」
「ギターってさ、結局何買えばいいの?」
「あー。」
春の陽気に包まれて心地良い昼休みの校庭。
眼を擦り空を仰ぐと、クラス一そそっかしい男の顔が視界を覆っていた。
「・・・・・・知るかー。」
「えー。」
だって本当に知らない。
何故なら、そんなものは個々人の美意識とインスピレーション・・・
要するに見た目と聴き心地が全てであって、基準が違うからだ。
一般的にはどうかは知らないが、理屈じゃないっていうのは間違いなく言える・・・と思う。
「昨日からずっと一生懸命考えてるんだけど、分からないんだよね。」
「何が?」
「形以外の違いが。」
「はぁ…」
この男、言い切った。
・・・いや。
でも案外皆そうかもしれない。
音楽は様々な要素の集まりであり、決して音だけで成り立っているとは限らない。
だが、その構成要素である『歌声』『曲調』『振動』『脈動』『光』『容姿・形状』等といった様々な演出を、独立した一単位として常に意識出来ている人間はそういないだろう。
「ふーん、じゃあ、こんなギターはどう?プレイヤー人口多めな無難なやつ。」
ポケットからスマートフォンを取り出して、その場で適当に選んだオススメの一品を見せた。
「んー、どれどれ?」
勿論、そのオススメとはただのギターではない。
『音楽なんて形だけでしょう』と言ってのけた、奴の舐め腐った認識が余りにも面白くて、親切を装い無性にからかいたくなってしまった次第である。
「って、これ4弦じゃん!やっだなぁ羽月さんー。ベースと間違えるとかあり得ないっしょ!ねぇ?ねぇ?何で?何で?寝てる間に頭でも打ったの?ねぇ?」
あぁ鬱陶しい!
鈍い音を立てて天野の頭上に火花が散った。
お望み通り頭突いてやった次第である。
普段漫画みたいな奴でも、流石にその程度の違いは理解できているらしい。
ちょっとした計算外だ。
まぁ一応弁解すると、ベースギターを見せたのだから全くの嘘ではないのだけど。
「でも、ベースとエレキギターって何が違うんだよぉ?調べたんだけどさ、弾き方違うだけで、あとは全部同じなんじゃないのって思ってる。」
「お前なぁ・・・。どうしてそうなった。」
「これで勉強した♪」
天野は俺の眼前に、スマホを翳してきた。満面のどや顔で。
「汚ぇ画面だな。」
「はいはい。んでんで検索検索〜。『ギター』 『ベース』『同じ』『音』っと♪・・・ほい! Oma=tube のこの動画をご覧ください!」
うん、この検索ワードのチャンポンっぷり、嫌な予感しかしない。
だって、どうせ天野のことだし。
天野が画面に指を擦り付けると、やがて動画が再生された。
どれどれ・・・。
ん?
いやいやー
いやいやいやいやいやいや・・・・・・
ははぁ〜、やっぱり甘いよお前。
「これ、生音が全然違うじゃないか。」
「えーーー?どゆことー?」
「同じっていうけどさ、成分が全然違うよ。こっちは突き抜けていくような感じ。で、こっちは重たくずっしりと来る感じ。あのさ、楽器はアンプの音を出すリモコンじゃないんだ。アンプってのは楽器の震えを分かり易く伝えるために、その鳴りを増幅して吐き出すものなんだよ。」
「何言ってんのか全然分かんないー。」
天野は口を尖らせて、もっと分かり易く〜と抗議する。
「中学の理科でやったろう?輪ゴム弾いて。」
「あぁ、楽しかったよな。皆で戦争ごっこしたよね!」
あぁ、駄目だコイツ。
「ゴムの太さや張りの違いでダルダルになったり、千切れたりしたろ?エレキギターとエレキベースの音の違いってのはそれと同じ理屈なんだ。」
「はぁ。でも、やっぱり俺の耳にはまだ同じに聞こえるよー。」
「よろしい、猿にも分かるように種明かしをしよう。」
寄こせーとスマホを受け取り、動画を巻き戻す。
「足元にあるこの四角いの分かる?これはシミュレーターと言って、
この箱があるとアンプは気が大きくなって嘘付きになるの。」
「シッ、シミ・・・・・・?なんて??」
そう、アンプからの出音を作り変えるための道具が存在する。
エフェクターだ。
その種類は多岐に渡り、ギターとアンプの間に接続することで電気信号を弄ることが出来る。
すると、所謂割れた音とかエコーとか・・・、山彦、和音、音程変え等の様々な表現が可能になる。
今回、天野を騙したのはピッチシフター(音程変化)の類だ。
つまり、エレキギターでベースのベースでギターのシミュレーターを使用して弾かれ、しかも、アップロードにより音域が劣化しているものを慣れてない耳で聴いたからまんまと引っ掛かったって訳。
誰も騙してないけど。
シミュレーターはあくまで
ってか、よくこんな動画引き当てたな。
逆にセンスあるぞコイツ。
「んで、原音は…こう。」
今度はエフェクターを使っていない、所謂『アンプ直』の音声を聴かせてやった。
各々の輪郭がはっきりした純粋な音源だし、流石にこれなら見分けがつくだろう。
「どう、分かった?ギターは雰囲気を作って、ベースは土台を作るって感じだろ?」
天野はふーんと納得したように、首を縦に振った。
「・・・うん、やっぱり分かんない♪」
なんですとぉ??
貴重な休み時間を浪費した。
このまま有耶無耶にされるのも何だか気に食わない。
とはいえコイツの性格上、説明なんかより、体に叩き込むしかないのかもしれない。
あぁもう〜、面倒臭いなぁ!
「もういい!今度の休みに楽器屋行くからな、覚悟しとけよ。」
「・・・マジで?やったぁあ!あれ、何で怒ってんの?」
終了2分前の昼休み。
今から金曜日の放課後にかけて、天野の鬱陶しさに拍車が掛かったのは言うまでもない。
-令和2年4月15日 13時28分-
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