第5話 毛問題





ケフリーになってから、20年近くが過ぎた。めちゃくちゃ快適だ。剃刀はいらないし、ノースリーブだって、全く問題なし。いつでも来いや、という常に戦闘状態?ケフリーに怖いものは無い。


ここで、きっと、皆さん、ハタと思うはずです。ケフリーとは何か、と。帰化した外国人のような響き。もしくは、ハーフな感じ。いえ、違いますよ。“毛”フリー。つまり、毛がないんですよ。毛が。毛と言っても色々ありますわな。頭髪、腋毛、陰毛、等々。私がフリーなのは、腕、足、脇、要するに皆様から見える部分でございます。その名も“ムダ毛”。私、ツルッツルです。どこを見てもツルッツル。夢みたいよ。こんな日が来るなんて。信じられないっ。でも、本当なの。


遡る事、10数年前、我が家は第二子に恵まれました。オンナ。上も女。女かよ、と性別を医師に知らされた時は、罰当たりですよ、わかってますよ。でも、私は一抹の不安に駆られましたよ。もしや、あれが、起こるのでは、、、再び、、、



次女が生まれて、ほらよっと看護師さんから渡された時、私は卒倒しそうになった。背中に、黒々ととぐろをまいて、毛が密集して生えていた・・・・・この赤子は、一瞬にして、私を出産ハイから暗黒の毛問題へと引きづり下した。予想していた事が起きてしまった。毛、だよ、毛‼️


“毛”




生まれてから、30年近く恨みに恨んだ、“毛”。そいつが今、この赤子の背中を占拠している・・・



うぎゃあああーーーー。



叫びたかった。

おめでとうございます、はどこへやら、


“そーだよ、そーだよ、あんたは、毛の申し子?なんだよ、忘れたのかないな"


とささやかれた気がした。

しかも、旦那の一言が更に私に追い打ちをかけた。





「徳光さんに似てる」





⁉️





何だとー。たった今出産を終えた嫁に何を⁉️

長女を生んだ時、あんたは、こー言った。

しかも、目に涙を浮かべて


「ありがとう」


なのに、あんたは、今のあんたは笑いながら、徳光さん。。。


徳光さんと言えば、あの、有名な徳光さんだともちろんわかる。素晴らしいアナウンサーよ。結婚式の司会と言えば、有名なのは徳光さんでしょ。(徳光さんが司会をしたカップルは別れる、と言う都市伝説を聞いたことがあるよ)。でも、うちに生まれたのは、娘なんですー。



我が家の第一子は、限りなく美しい。欧米とのハーフである旦那の血を濃く引いて、黄色人種としてあり得ない白さだった。新生児を見慣れているはずの看護師さん達でさえ、


「きれいな赤ちゃんだねー」


と思わず、本当に言ったのよ。


でも、今回は、感想はなかった。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

でした。酷い・・・・。


しかし、悲しんでばかりもおられん。何故なら、私の人生において、物凄く重要なミッションが次女の誕生とともに誕生したのだ!



私のお母さんは、まさにケフリー。ケフリーそのものだ。腋毛なんか一本も無い。私は本当に実家のお風呂で剃刀なんかを見たことが無い。必要なかったのだ。うちのお母さんは。そして、これは私の人生にすっごい影を落とす。


お母さんは、“毛”問題にとことん無頓着だった。と言うか、この世の中に“毛”について悩んでいる人が居るなんてきっと考えたことも無いんだと思う。



小学校低学年でも“毛”問題は既に深刻だった。

子供の間では、毛問題は恰好のネタ。何度言われたかもはや、わかりません。


「毛深オンナー」


「ゴリラー」


こんな事言うのは、もちろん、サルみたいな、アホな坊主たちが中心なのよ。でも、女子は、囁く。

「毛深いよね」って。

「そうなの」

と返しながら、何度願って、祈った事か。朝、起きたら、全部毛が無くなっていますようにって。でも、祈っても、祈っても、それは起こらなかった。


毛深い、と色々と大変なのだ。何が大変って、まず、腕、足をジロジロ見られるの。そして、日本人は、毛が薄い・・・毛が薄い、と書くと誤解を招きそうだけど、ツルツル、もしくは、ほぼ気にならない程度、の人が多いのよ。男子でも、です。ちなみに私の暗黒の“毛時代”に母と共に暗い影を落としていたのが、弟。奴は、ツルッツルの腕と足を持っていた・・・更に悔しいのが、大人になって、いい年したおっさんになっても奴の頭は、ハゲていないのだ・・・腹立だしい。



それはさておき、日本人は毛が本当に薄い人が多くて、夏になるとそのこんがり焼けた腕や足がうらやましくて、ショートパンツから伸びる皆の足が眩しくて、苦しかった。夏なんか大嫌いだった。

でも、唯一、浴衣だけは、たった一つだけ夏である事を喜んで、楽しむことができる救世主だった。足も、手も、全部隠れる。しかも、浴衣を着るのは、大体夜。浴衣、サイコー。


あの、私は海外に住んでいた事があるのですよ。某大国。色々な国の人たちと知り合った。もはや、剃刀程度ならいくらでも買える程度のお金を持っていた私は、毎日、毎日、毎日、剃り続けた。風呂に入るたびに剃るのだ。だけど、有効期限は多分、24時間あるか、無いか。チクチク、する。表面的に生えていないように見えても、チクチクする。たまーーーーに、素敵な男子とお出かけするような事がある時は直前にシャワーを浴びて、剃る。そして、数時間で別れる。


深追いは出来ない・・・


「アイツ、チクチクして痛いんだよー」

と言われかねない。常に最新の注意を払って暮らさなければならない。恐ろしき、毛パワー。


でも、世の中には、毛問題とは全く無関係のお国もあるようで。私の各国3人くらいのリサーチによると、ヨーロッパには毛問題はなさそう。腋毛がボーボーのねーちゃんとか、結構いました。ありのままのワタクシ、のような価値観の持ち主なんでしょうか。そして、米国は結構こまめにお手入れしていらっさる方が多かったわ。でも、お手入れの仕方が少々乱暴で、剃刀はもちろん使うんだけど、ワックス、という代物がございました。そして、今でもございます。べたっと塗って、ビリっとはがす。昔、ガムテープを足に貼って、脱毛を試みた私には信じられません。特に白人の方は真っ赤でございます。脱毛後は。半端なく痛い。何であんな事を顔にしようなんて考えるのでしょう??でも、白人の方々はそもそも毛の色素が薄い。だから、目立たないんですね。あまり。うちの美しい長女もも毛が薄い訳ではなくて、毛の色素が薄いから、ほぼ目立たない。大きな違いです。


逆に、毛王国の大王みたいな、おっさんとかも居ました。胸毛とか、もう、絨毯か、ってくらい生えてる。普通に何か隠せそう。鬼太郎のお父さんくらいなら、住んでても分からないと思う。腕とか足とかの毛が目立たなくても、意外と胸毛が目立つ。“せくしー”だと思われている節もありました。だから、目立たせようとしてるのかな?



話は戻って、中学生になって貯めたお小遣いで、初めて剃刀を買った。足の毛を剃ってみた。こっそり。お風呂で。お母さんが、目ざとく見つけて、


「そんな事すると、もっと凄い毛が生えてくるよ」


もっと凄いってどんな??でも、少しも分かったくれなかったな。多分。中学生の頃の事はほとんど覚えてないから、うっすらとそんな事を言われたな、程度。お母さんは、それどころじゃなかったんだ。それだけは知ってる。毛、よりも自分だったんだ。


しかし、それから十数年後、私はクモの糸ならぬ、丸太みたいなふっといのをつかんで、毛王国から救い出された。あっけない程、簡単に。寝入っちゃうほどあっけらかんとした光に。



次女は予想通り、立派な毛王国の住人になった。その細い腕や足を見るたびに心が痛む。でも、まだ光を当てるには早すぎる。年齢的に。そして、最大のポイントが毛王国の住人である事をあまり、というか全く気にしていない様子。幸いにも腋毛は無く、ふぁっさーとした腕と足だけだけど、普通に短い靴下をはいて出かけている・・・・。私は、ハイソックスしか持っていなかった。正確には、ハイソックス以外履けなかった。恥ずかしくて。


しかし、必ず、毛王国からの脱出を試みる時がくるはず。そんな時のための準備は万端だ!エステと同じ光を放つと言われているマシーンを結構な高額で購入。まだ、幼稚園児でしたが。娘。ネット検索すれば、必ず一番にヒットする超有名商品で、かつ、その性能は折り紙付き!らしい。


しかし、問題が。

ケフリーとなった私。どうやってチェックすればいいかわからん。しかし、買った。備えた。その日が来たら、怪しい付属のサングラスをかけて、ピカピカ、やるのだ。良かった、次女のお母さんが私で。


でも、逆にゴメン、私がお母さんで。私の子供じゃなかったら、そもそも毛問題なんて関係なかったかもしれないね。

大変申し訳ございません。



でも、ケフリー界は物凄く近い。

遠回りの必要は無い。

祈り続ける必要も無い。

心ない言葉に傷つく必要も全くない。




あんなに遠いと思ってたのに。



あんなに祈ったのに。

30年もかかったよ。







こんなに近かったなんて。











私のお母さんが私だったら良かったのに。


ホントに。

本当に。



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