終幕


木々が震え枝葉が擦れる声がする、鳥の囀りは姦しく響いて、

真っ白な雲は曖昧に象られていた。青くて広い中空をふらふらと流されている。


風に踊らされるカーテン、大きな陽が僕を刺し殺そうとしている。

無機質で真っ白な部屋には、一輪の赤くなった花が咲いている。



――窓は、もう要らない





扉の開く音がした。どうやら迎えが来たみたいだ。

振り返るとひどく震えた先生が立っていた。

力の抜けた彼の手から10枚の花の絵がこぼれ落ちた。



「こんにちは、先生」


「……どうして、こんなことをしたんだ」



こんなことね、一体どのことを指して言っているのか。


――理由は同じだ、ただ一つだけ



「彼女が僕の最初の世界だったから、ですよ」



世界を変えるには、自己の世界を変えなければならない。


――地獄を見るには、地獄に落ちるしかない



「だから手折った」


「そんなことのために……!」



他人との価値観は、決して相容れない。


――それは真意ではないが、誰にも理解されることはない



「それが僕にとっては大きかった」


「……やめるつもりはない、のか」



既に賽は投げられた。もはや誰にも止めることはできない。


――もう、僕にはどうすることもできない、どうだっていいことだ



「群衆はもう止められませんよ。投げた石が大き過ぎますから」


「……こんなことになるなんて」



歴史は繰り返すものだ。停滞の長さが違うだけのことだ。


――これが本来あるべき姿だろうに、いつから人は物言わぬ民となったのだろう



「貴方は動かないんですか?貴方が思うようにしてくださいよ」



長いようで、短い沈黙が過ぎ去った。


――当たり前だ。彼はそのためにここに来たのだから



「……この暴動を収めるには君の存在が邪魔になる」



戦争には大義名分が要る。人が集うには旗が要る。


――しかし、その生死には価値はない、変革の前には意味をなさない



「ええ、そうでしょうね」


「……どうして、すまない、こんなはずでは、すまない」



彼の顔はぐしゃぐしゃに歪んで、瞳から思いを垂れ流している。


――人の痛みを感じられる、その心が好きだった


――僕は、貴方が好きだった



「……いえ、お元気で」


「ッ……!」



彼の恐怖に染まった瞳が、初めて、僕を捉えた。


彼の持っていた思いが僕の胸に滑り込むのを遠くに感じた。





僕の花が、先生の胸に咲いた。














僕は星にはなれない

よだかが羨ましいよ

この広い空で輝くには僕は狂気に満ちていた



僕は、空の光にはなれない

だから、この地上で咲こうとした

泥濘に咲く、一輪の毒花となろうとした

でも、種は根付かなかった

最初から、生きていなかった



僕には、意味がない、はずだった



蕾は、いつからか芽生えていた

僕の花は、いつの間にか咲いていた

酷く汚れた花の群れが

世界を僕色に染めていた



僕は花になった



世界を曲げた、血肉の花になった





僕は、確かに生きていた

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