第36話 宮田宗治と水月詩織③
「大丈夫? やっぱりやめとく?」
祭り当日。
駅前に溢れる人の多さに吐き気を催した俺は、路肩にしゃがみこんで詩織の介抱を受けていた。
「おかしいと思うんです……どこにこんな大勢の人が隠れていたんでしょうか?」
「ご、ごめんね。来年は2駅向こうの落ち着いたお祭りに行こうね?」
屈んだ詩織が心配した顔で覗き込んできた。
そもそも行かないという選択肢はないのだろうか……。
しかし、突っ込む元気もない俺は「はい。そうしましょう……」と受け入れた。
「何か冷たい飲み物買ってくるよ。ここで待ってて……キャッ!」
「詩織!」
詩織はあっという間に人の濁流に飲まれていく。伸ばされた手を取ってこちら側に引き戻そうとしたが、かえって俺の方が飲み込まれてしまった。
「……宗治、大丈夫? 顔色が……」
「オッケーオッケー……。まだツーアウト……」
心臓が激しく鼓動を打っていた。
もちろん人の多さからくる緊張や苦手意識が症状として現れたものだろう。
しかし、それ以外にも要因があった。
詩織だ。
はぐれる事を恐れたせいか、肌をあらわにした細い腕が俺に絡まってきてる。直に肌同士が触れ合っているせいで、体調の悪化は2倍増しだ。
「ねえ、どこか隙を見て横に逸れよう? このままだと永久に抜け出せないよ」
「そ、そうだな……。そうしよう」
確かにこの濁流を抜ける為には屋台側に流れ込むしかない。
グイッと詩織の肩を抱いて、強引に横に逸れた。
「ゲッ」
そう口から出てしまったのは、たまたま目の前にあった屋台が怪しさ全開のアクセサリー店だったからだ。
こういうのあるんだよなぁ。
祭り効果で散財する学生狙いのあくどい商売。
ところで、詩織さん。
あなたはどうして、そのアクセサリーに興味津々なのでしょうか?
目を輝かせて物色している場合ではないと思うんですけど。
「ねぇ、宗治。記念に何か買ってかない?」
「冗談。仮にも大学生でしょうが。もっといいもの買いなさいよ」
突っぱねると、詩織は不機嫌そうに口を尖らせた。
「高いものが欲しいんじゃないもん。もっとこう……沢山詰まってるものがいいの」
「は? 純金ってこと?」
「違うよ、バカ!」
立ち退こうとしない詩織に根負けした俺は、ハットを被った怪しげな女性店主に「なんかオススメあります?」声をかけた。
すると女性は深く被ったハットからギラリと光る瞳を覗かせた。
「こちらのアンモライトはいかがでしょう?」
「はぁ」
ネックレスの先にちょこんと乗った赤と緑のグラデーションがかった宝石。
ちっせぇ。
こんなんプレゼントされて誰が喜ぶんだよ。
不快感を露見させる訳にもいかず「名前、アンモナイトみたいッスね」となんの捻りもない返しをした。
沈黙が余計に居ずらくさせるのだが、詩織はすっかり機嫌を取り戻していた。
「これでいいです! 支払いはこの人がします!」
鼻息荒く店主に迫ると「あなたは彼にプレゼントしないのですか?」とまさかのカウンター。
この人俺の味方?
いや、売上伸ばそうとしてるだけか。
たじろいでいる詩織に店主は「アレクサンドライトはいかがでしょう」と薄紫の宝石があしらわれたネックレスを提案した。
「お二人ともお代は結構です」
「えっ!? いいんですか!?」
詩織は素早く食いついたが、俺は疑いの目を解かなかった。
どういうつもりだこの女。
こんな虫のいい話があっていいものか。家にヤクザみたいな連中が押しかけてくるんじゃあるまいな?
目を合わせた店主はふふっ、と上品に笑ってハットを脱いだ。
とても綺麗でミステリアスな雰囲気をまとった妖艶な女性だった。
なんとも単純な俺は、素顔を見ただけで疑うことをやめた。
「そんなに怪しまないで下さい。おふたりを応援したいだけですので」
……応援?
人から応援されるような大層なこと1つも取り組んでないんだけど。
もしかして、この人俺に見えないものが見えてる人? 隕石が落ちてくる未来予知とかされてる?
「ありがとうございます! 大切にします!」
詩織はハツラツと礼を言ってぺこりと頭を下げた。
俺も釣られて会釈をする。
「ありがとうございます。俺も大事にします」
「はい。頑張ってくださいね、お嬢さん」
謎のアイコンタクトを交わした詩織と店主のお姉さん。
俺は頭の上に疑問符を浮かべたまま屋台を後にするのだった。
その後は、体調の優れない俺を気遣った詩織の提案で、食べ物だけを買って喫茶店に向かう事にした。
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