第35話 宮田宗治と水月詩織②
詩織さんと会うペースは徐々に増えていった。
4月中は彼女もそれなりに周りとの交流を図っていたんだけど、5月のゴールデンウィークを明けると、ほとんどの時間を本館裏のベンチで過ごした。
話を聞くとゴールデンウィーク中のお誘いを断ったせいで、完全に孤立したらしい。
俺から言わせれば彼女は、孤立ではなく周りから遠慮されているだけだと思う。
時たまキャンパス内で歩く詩織さんを見かけるけど、皆が彼女を見る目は羨望の眼差しだから。
どこか近寄り難いんだろう。
「私の家、喫茶店やってるんだけど、よかったら来ない? 宗治にもお似合いだよ」
「詩織の家凄いじゃん。儲かってんの?」
ベンチに座って伸びをしていた詩織が軽蔑の目を向けてくる。
6月に入るとタメ口なんてもう慣れたもので、いつの間にか2人揃って敬称まで取れてる。
初々しかった頃は探り探りだったのに、今はこうやって遠慮も無くなった。
「なんでそういうこと聞くかなぁ……デリカシーってものが不足してるよ。そんなだから未だに私意外におしゃべりする人いないんでしょ」
「それはそうだけど。詩織だって俺以外に話する相手いないじゃん。お互い様だろ」
むぅー、と頬を膨らます詩織。ごめんごめん、と平謝りすると小さくため息をついた。
「で、どうするの? 喫茶店来る?」
「行くよ。詩織のおごりで」
「じゃあ来なくていいよ」
詩織はプイっとそっぽを向いた。
2人でいる時はいつもこんな感じだ。冗談を言い合ったり、世間を妬んだり、沈黙すら許し合える居心地のいい時間。
「冗談冗談。ちゃんとお金払うから。オススメのメニューは?」
「お父さんが淹れたコーヒー。メニュー表の一番上にあるくらい自信持ってるから、頼んであげて。いっつも無表情だけど注文入ると喜んでるから」
「分かったよ。じゃあ3限あるから、そろそろ行くわ。詩織も遅れないようにな」
講義が終わった後に落ち合う約束をして別れた。
なんか思ってたのと違う……。
それが喫茶店を見て初めに思った感想だった。
ほら、喫茶店って日当たりがよくて、表道にある事が多いじゃん?
だからイメージ的にはそっち方面で固めてしまっていたんだけど……。
うん、めっちゃ裏通り。
日当たり最悪、見通し悪、人気なし。
負の要素たんまり。
「喫茶店としては立地最悪でしょ?」
俺の心情を察したのか詩織が苦笑いする。
「そんなことないさ。秘境カフェみたいな感じで味があるんじゃない? 俺は好きだよ」
「お世辞はいいよ。私もお父さんも分かってるから。なんでこんな場所に店開けちゃったんだろうね」
詩織は思い詰めたように俯いた。
そして、怒りすら感じさせる語気で呟く。
「ほんとバカだよ」
俺の視線に気付いたのか、詩織は取って付けたような笑顔を見せて店の中に案内した。
喫茶店の外観はみすぼらしかったが、中は相当清潔に管理されていた。
客は一人も見当たらないけど。
「適当にかけて。うちのマスターを呼んでくるから」
「マスターって、詩織の父さんだろ」
ぐるっと見回して、俺は窓際の4人がけテーブルを大胆に使わせてもうことにした。
俺しかいないし、誰にも恨み節を叩かれなくて済みそうだ。
テーブルの隅に立てかけられていたメニュー表を開いた。
うわっ、手作り感やば。
写真の撮り方下手くそ過ぎだろ。
詩織のお父さんは相当不器用だと見た。てか、普通客を一人放置しておくかね?
どんだけ客足遠のいてんのよ。
「ご注文はお決まりですか?」
エプロン姿に着替えた詩織が水とおしぼりを持ってきた。
肩越しに奥を覗くと、詩織の父親らしき人がこっちを見ている。
確かに硬派っぽい。
目つき鋭いし──てか、ほとんど睨んでないか?
ふと、詩織に視線を戻すと、笑顔のまま何かを訴えるような圧を放っている。
トントン、とメニュー表をつついた先にはブレンドコーヒーの文字。
分かってますよ。これ頼べばいいんでしょ。
好きなもん選ばせろ、畜生。
「ブレンドコーヒーで」
「かしこまりました〜」
万遍の笑みを浮かべて戻って行った詩織の奥で、フン、と満足げな表情をたたえる詩織父。
ご満悦そうで良かったです……。
コーヒー頼んで欲しいならもっとアピールポイントを書けよ。確かに目につくからいいけど、差別化してるとこを言葉で書かないと人に魅力が伝わないぞ。
と、後日詩織に伝えておいた。で、次行ったら、ちょっとだけメニュー表が華やかになっていた。応用力高い。
そんなこともあってか、俺は時たま一人でも喫茶店を訪れるようになった。
詩織の父である
「宗治くんは詩織の彼氏なのかい?」
「ぶぅぅぅぅッ!!」
口に含んでいたコーヒーを豪快に吹き出してしまった。
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「大丈夫かい?」
「ゴホッ、ゴホッ! ええ……ご心配なく」
二つの意味で。
「娘さんとは別にやましい関係じゃないですよ。ただの先輩と後輩です」
「そうか……それは残念だ。君と一緒にいる時の詩織はとても楽しそうだから、ってきり男女の関係なのかと思ったよ」
「め……珍しいっスね。普通、自分の娘が得体の知れない男とつるむのは嫌だと思いますけど」
和重さんは首を横に振って、奥から写真たてを持ってきた。
そこには、若かりし頃の和重さんとまだあどけなさが残る詩織。
そしてもう一人──成長した詩織によく似た女性が写っていた。
「うちの家内は詩織が小学生の時に他界してね。たくさん寂しい思いをさせてきたんだ。だから、詩織には好きなように人生を謳歌してもらいたい」
詩織にそんな過去が……。
途端に、普段の詩織が無理して明るく振舞ってるだけなんじゃないかと思えてきた。
「宗治くんと一緒にいる時の詩織はとても楽しそうだからね」
「そうでしょうか。俺にはとてもそんな力は」
和重さんは控えめに笑って何度も頷いた。
小さな声で「君は鈍感なんだな」と聞こえたような気がしたけど、詩織が扉を勢いよく開けたせいでそんな事はすっかり頭から飛んでいった。
「もう、宗治ったら! いつまで経ってもベンチに来ないし、メッセージだって送ったのに、どうして返事返してくれないの!? ずっと待ってたのよ!?」
顔を真っ赤にした詩織が湯気を立たせながら詰め寄ってきた。茹でダコみたいだ。
俺は悪びれもなく答える。
「今日、昼から講義ないって言ったろ?」
「だから! そうじゃなくて、先帰るなら帰るって教えてよ! 待ちぼうけを食らってた私の身にもなって欲しいわ!」
「ごめんごめん。今度から気をつけるよ」
「ホントよ! まったく」
お父様? 少しは僕の味方をして助けてくれてもいいのではありませんか?
おたくの娘さん、ちょっと押しが強すぎます。
出会った頃は、とてもおしとやかだったハズなのに。
詩織は怒りの態度を維持したまま俺の向かいに座る。腕を組んで、チラチラとこちらを覗いている。
バレないと思ってるのか?
バレバレだぞ。可愛いけど。
「何か言いたい事でも?」
そう言うと、キュウリに驚いた猫みたいにビクッと詩織の肩が跳ねた。
なんで俺が助け舟を出してやらにゃいかんのだ。さっきまであなたに怒られてたんですけど。
詩織が目を泳がせながらモジモジと肩を縮こめる。
「夏祭り……一緒に行かない?」
「……フェスティバル?」
「それ以外何があんの?」
気づけば季節は夏。
1年の内で最も煩く喧しい。それでいて何かと燃えたぎる季節だ。
終わってみれば呆気なく、思い出など微塵も残らないのが通年だが、今年は少しだけ楽しそうな予感がした。
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