第34話 宮田宗治と水月詩織①
気づけば大学2年生になっていた。
嘘だろ、去年何してたか思い出せない。
そのくらいすっからかんな1年を過ごした。
つい先日、新1年生を迎える入学式があった。
長年拘束されてきた狭い世界から解放された彼らはとにかくうるさい。耳障りだ。
浮き足立つ気持ちは分からんでもないけど、節度を持たんか。
俺は1人で花見に耽っていた。
本館の裏にポツンと1本だけ咲いた桜を肴に酒を飲む(4月2日に祝20歳。遅生まれバンザイ)。
「お前さ、どうしてこんな所に咲いちまったのかねぇ。仲間たちは集まって楽しそうに桜舞散らせてんぞ〜」
賑やかな笑い声が聞こえてくる。
新入生達が顔合わせがてら花見をするのが、この大学の恒例行事になっている。
当然、向こうは視界がピンク一色で染まるほどの桜を拝んでるわけだけど。
「えー、もう帰るの!?」
やかましい。女特有の大袈裟なリアクションだ。というか、声が近い。もうすぐそこまで来てるな。
「まだ始まったばっかりだよ?」
「ごめんなさい……私、人が大勢いるのは苦手で」
「そっか……じゃあまたね」
「うん……ありがとう」
ま、そんな人もいるわな。でも、それは得策じゃない。
大学でひとりぼっちを極めてる俺は知っている。大学ソロプレイは、高校の時以上に勉学の分野で困難を極めるという事を。
一度講義を休んでしまったら、その時のノートはどうする? 誰に見せてもらうんだ?
テストにノート持ち込み可の場合はそれがなかったら終わりだぞ。
彼女に忠告してやってもいいのだが、どんな顔して言ってやればいいか分からない。
余計なお世話だろうし。俺だったら入学早々そんなこと言われたらぶん殴るわ。
「あっ」
こっち側に姿を見せた女の子はギョッと目を開けた。
こんな所に人がいるなんて思いませんてました、って感じの顔だ。
悪かったな。こんな所にいて。
「こ……こんにちは」
彼女は、怯えたように会釈した。
「こんにちは」
「……」
……この間はなんだ。帰らないのかな?
まじまじと見ると彼女は相当な美人だった。
風になびく長い黒髪。背も高く、白いブラウスが似合う垢抜けた女の子。
ついこの間まで高校生だったってマジ?
頭追いつかないよ。
「あ……あの、お隣いいですか?」
「えっ!? いいですけど……」
俺はベンチのど真ん中に座って占領していた。
どれくらいスペースを空ければいいか分からなかったので、大袈裟なくらい端っこに避ける。
てか、なんでわざわざ横に座るんだよ。他にも座るとこあるだろ。
横に座った彼女は眉を八の字にして俺を見た。
「お互い、大変ですね」
「……?」
何だ急に。
お互い、ってどういう意味だ?
俺は別に大変じゃないし、1人楽しく花見をしてただけなんだけど。
「私、ああゆう賑やかなのは苦手で。あなたもそうなんですね」
「まぁ、人が多いのは苦手だけど……」
彼女の表情がパァァと明るくなる。
「ですよね! 話合わせるの大変だし、ちょっとでもズレたこと言うとすぐに睨まれそうで耐えれません! ああ、なぜ人というのは安直に群れようとするんでしょうか」
変わった子だな。てっきり、イケてるグループの真ん中にいるタイプかと思ってた。
でも、さっきも引き止められてたし身内に引き込みたい勢力は多そうだ。
座ってるだけで華があるもんなぁ。
美人って大変。
彼女の視線がチラッと動く。
手に持っていた酒缶を見つけたようだ。
「お酒に頼らなきゃ乗り越えられないことでもあるの? 私でよければお話聞くよ?」
急に敬語解除して距離詰めてきた!?
それに、どうして年下の女の子に励まされにゃならんのだ。
「いや、別にそんなの無いから。ただ飲みたくて飲んでるだけだよ」
「お水感覚で飲んでるの!? ダメだよ! お酒は
「……あ」
なるほど。
どうらや、俺は同い年の新入生だと勘違いされていたみたいです。
そうですか。そんなに年上っぽく見えませんか。でも事実は事実なんで言わせてもらいます。
「俺、一応2年生だから……」
「へ?」
「ついでに、この間
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まったので「あはは」と笑って間を繋ぐ。
自分の失態に気づいた彼女は体ごと向き直ってグイッと顔を近づける。
そして、ぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! その、悪気はなくて……でも、その、なんというか……」
もうやめて!
誤魔化すのはやめてハッキリ言ってよ!
『同い年の新入生かと思いました』って!
「まあ、見た目で1歳差なんてあってないようなものだから。気にしないで」
「いえ、ほんとに失礼を働いてしまって……どうお詫びすればいいか」
これ、分かります? 俺の方が拷問ですよ。
年下に同い歳に見られた程度で怒ってる人みたいになっちやってますよ! 俺、謝らせてないからね!? 彼女が勝手に負い目感じてるだけだから!
引きそうにない彼女に俺は1つ提案をした。
「俺、頻繁にここにいるから、もし良かったらまた話し相手になってよ。あと敬語じゃなくていいよ。なんかむず痒いし」
コミュ障改善の練習台になれ! ガハハ!(って言っても、もう大学内で友人を作るのはは厳しそうだけど)
頭を上げた彼女は、そんなことでいいんですか? とでも言いたげな顔をした。
「私でよければお受けします。けど、私もそんなに会話は得意でなくて」
「いいよ。むしろレベル差ある方が辛いから。あと敬語やめてね」
「はい……じゃなくて。うん」
俺はベンチを立つ。
いい暇つぶしになったし、とても面白そうな人と出会えた。少しだけこれからが楽しみだ。
「よし。じゃあ俺はそろそろ帰るよ。またね……あー、……ごめん、名前聞いてなかった」
「詩織です。水月詩織(みずつきしおり)」
水月詩織……つい口に出して言いたくなるような綺麗な名前だ。
「俺は宮田宗治。よろしくね、詩織さん」
「は……はい! よろしくです、宗治先輩!」
見た目よりはるかに幼そうに微笑む詩織さん。
ああ、なんだ。やっぱりまだ高校生の雰囲気が残ってるじゃないか。
残念ながら俺は年上のお姉さん派だ。
よって彼女にドキッとすることはない。
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