第14話 8月10日 清楚とギャルにフェスティバルに誘われる
8月10日
「あの後、戻ってこなかったから心配したんですよ?」
「すいません……でも」
「もう、これは必要なさそうですか?」
詩織さんは胸の前で2枚のチケットをヒラヒラと揺らす。
俺は頷いて、目を逸らした。
せっかく気を利かせてくれたのに、無為にしてしまうなんて紳士的じゃない(元々、紳士的ではないけど詩織さんの目の前ではカッコつけていたい)。
「それはそれでよかったんじゃないですか? 上手く解決まで運べたんでしょ?」
どうだろう?
むしろ、変な方向に拗れているような気がしないでもない。
サキちゃんの根本的な問題である『家族との摩擦』が解決されている訳じゃない。
そして何よりも、俺自身がサキちゃんと目を合わせられる自信が無いのだ。
昨日のキス、思い出しただけで頭が……
「おーい、宮田先輩? ぼーっとしないで私の質問に答えて下さいよー?」
「あぁ、ごめんなさい。ま、ぼちぼちって感じですかね」
有能なサラリーマンが上司に仕事の進捗を聞かれた時に言いそうなセリフ第1位──『ぼちぼちですかね』
しかし、俺が指す『ぼちぼち』は富士山で言う馬返し。
一合目にも届いてない場合を指している。
というか、いつから『ぼちぼち』は謙遜の言葉になってしまったんですかねぇ!?
本当にぼちぼちの奴がそれ以下の言葉を探さなきゃいけなくなるでしょうが。
「ぼちぼち、ならいいんじゃないですか? 世の中には進みたくても進めない人が沢山居ますから」
ほれみろ勘違いされた、と思ったのは早計だったようだ。
確かに詩織さんの言う通り、前進はしてるのだから気に病む必要はないな。
要は物の見方だ。
「ところで、昨日の夜ここに来てみたんですけど、」
「えっ?」
「でも、看板が出てなかったから帰りました。サキちゃんを連れて来れなかったから、その事だけでも伝えとかなきゃ、って思ったんですけど」
昨日の夜に来た事を伝えた瞬間、詩織さんの表情が一瞬強ばった気がする。
まさか、夜まで付け回すストーカーだと思われた!?
「そうですか。よかった……」
「よかった?」
ハッ、と口を抑えた詩織さんは、辺りを気にするような素振りを見せて俺の正面に座った。
そして、店内には誰もいないのにもかかわらず、口に手を添えて耳打ちをする。
「この裏通り、“出る”んですよ」
出る、って絶対、幽霊のことだよな?
念の為、「なにが?」と聞くと、
「オバケが」
と、デフォルメされた可愛らしい言い方で返ってきた。
どこかミステリアスな雰囲気がある詩織さんだけど、やっぱりスピリチュアルな分野には興味があるのか。ふんふん、と鼻息を荒くしている。
「どんな幽霊なんです?」
「現れる時間は決まって夜、いつも白い服を着てる女性の霊です」
でた、幽霊のお決まり。
着物とか、白装束とか。なんで奴らは決まって白い服を着てるんだよ。
流行ですか? 幽霊の間では白い衣装がずっと流行ってるんですか? そうじゃないと、説明できないでしょうが。
「髪型はショートカット。身長は若手女優の、不利奈崎京香(ふりなざききょうか)ちゃんと同じくらいだそうです」
髪型がショートカットって聞いて『えっ、ショートカットの幽霊なんているんですか!? いつも長髪で顔が見えないように隠してるのばかりなのに〜』と、ときめいた俺の純情を返してくれ。
なんだその目撃証言は。分かりにくい。
つまり、163センチってことね……なんで俺も知ってるんだよ。
「それで?」
「『お腹空いた〜、お腹空いた〜』って呻きながら、この裏通りを横断してるそうです!」
「それだけなら、可愛いもんじゃないですか。別に何か危害を加えられた訳じゃないんだし」
「それがそうとも言えません。目撃者の証言によると、幽霊は突然振り返って襲いかかって来たそうです」
気を抜いて背もたれに預けた体が前のめりになって、詩織さんに近づく。
いつの間にか、信じてないはずの怪談話に興味を引かれている。
「それで、目撃者の人はどうなったんです!?」
「走って逃げたそうです。その時右手に持っていた、たこ焼きを落としてしまったのは、一生の不覚だと、涙ながらに語っていました」
「いや、命があっただけで十分ですよ。そのたこ焼きだって、……たこ焼き?」
「たこ焼きです」
詩織さんは『なぜ、そこに疑問を持つんです?』とでもいいたげな顔をしている。
そりゃあ、疑問を持つなって方が無理な話だ。
だってその霊、誰がどう見たってたこ焼き目当てだろ。
全然怖くないし、なんなら餌付けして飼えるんじゃないか?
「だから、夜はここに近づかない方がいいですよ。命がいくつあっても足りません」
廃病院に住み着いた悪霊みたく語る詩織さん。
頬杖をついて、ため息まで。
いや、絶対大丈夫だと思うんだけど。そいつ食いもん目当てだもん。
「ね?」
「……はい。肝に銘じておきます」
圧の強い詩織さんにねじ伏せられて許諾するしかなかった。
「ああ楽しかった。それじゃあ私はそろそろ」
「詩織さんって、いつもどこに行っているんですか?」
「気になります?」
テーブルから離れようとした詩織さんが、俺に向き直る。
片眉を上げて、悪巧みしたような顔だ。
毎日毎日、決まって同じ時間に出かけるというのだから気にならない訳が無い。
たぶん、電車の関係なんだろうけど、毎日行くならもはやそっちに家を借りた方が安上がりだろ、とすら思う。
「私のストーカーになれば、どこに行ってるか分かると思いますよ?」
またその顔だ。
俺がストーキングなんて出来ないと分かっていて、それでも煽りを入れてみる。
こちらの反応を楽しんでいるようだ。
しかし、俺も男。
やられてばかりいては宮田宗治の名が泣くってもんよ。
「じゃあ、ついて行ってみようかな」
「……」
いや何その顔、めっちゃ引いてんじゃん。
そっちが誘導したから、敢えて逆張りしたのに。
やっぱ、変に気を起こすもんじゃないな。
世の中でもかなりの頻度である話だ。
期待に応えようとして、普段のキャラにちょっとアクセントを加えるやつ。
かえって混乱を招くだけなんだよな。
俗に言う、空気が読めないってやつ。
「じょ、冗談ですよ〜。やだなぁ詩織さん、間に受けちゃって。そんな犯罪まがいな事しませんから安心して下さいよ」
「本当に?」
「もちろん」
苦しい言い訳だったかな。
詩織さんの凝視する瞳が痛いほど突き刺さっている。
初めて、やましい目的以外で透明になりたいと思った。
「本当に私をストーカーしないでいいんですか?」
俺の体は硬直した。
かつてないほど思考がフル回転し、詩織さんの言葉を意味をあらゆる角度から解釈する。
えっ、もしかして詩織さんってそういうアブノーマルな性癖があるの?
他人から着けられて自己肯定感満たされるって相当レベル高いよ。
もしくは、早く警察に突き出してやりたいから後ろ着いてこいって言われてる可能性もある。
電柱に張り付きながら移動して、気づいた時には警察署の真ん前。
門の警察官に耳打ちをしながらコチラを指さす詩織さんの姿がイメージされる。
束の間、逡巡して圧倒的大差で後者に白旗が上がる。
そうなりゃ終わりだ。
今だって、俺と詩織さんの間には先に動いた方が死ぬ、みたいな達人同士の間合いが計られている。
これ、どうすれば正解?
「あっ、そろそろ行かないと。宮田先輩、特別に私のストーカーになることを許可してあげますよ」
最初はまるで意味が分からなかった。
万遍の笑みがストーカー許可証になって、
言われるがまま詩織さんの横を歩いた。
それはストーカーじゃなくないか? というツッコミは一旦胸に閉まって、歩き続ける。
「じゃあ、ここでさよならです。ストーカーさん」
徒歩時間5分未満。
たどり着いた場所である駅前を見て、ようやく頭が追いついた。
これはストーカーじゃなくて、ただのお見送りだ。
それに、どの世界にストーカー相手に「さよなら」なんて言う女の子がいるんだ。
ストーカーはどこまでも追いかけてくるからストーカーなのであって、バイバイで帰える聞き分けのいい人間がなるもんじゃない。
それは普通に片想いしてる純粋な恋だ。
しかも、『宮田先輩』から『ストーカー』に格下げされてるし。
「あっ、そうだ。宮田先輩っていつも暇そうですよね?」
宮田先輩に呼び方が戻ったと思ったらこれだ。この子、やっぱりSっ気強め?
「暇ですよ。清々しいほど、スケジュール帳は真っ白。外に出るだけで、大イベントです」
「それなら、私と夏祭りに行きませんか?」
詩織さんは腰をクイッと曲げ、上目遣いで覗き込んできた。
今日だけで、何度彼女に翻弄されればいいのだろうか。
自虐を自分で言ってて惨めになっていたのに、いとも簡単に幸福で塗り替えられる。
念の為、「フェスティバル?」と聞くと、
「フェスティバル」
と返ってきた。『夏祭り』と言う名を冠した血祭りの可能性もあったが、フェスティバルとなれば間違いないだろう。
「でも、なんで俺と? 彼氏さんいるんじゃ……」
「彼氏? まぁ、いますけど今はいません」
「ん? それってどっちですか? いるけどいないって、意味が全く……」
「いけない、時間が! それでは宮田先輩、予定空けといて下さいね」
「行ってしまった……」
日本語って難しすぎないか?
『いるけど、今はいない』って、前半で玉砕しかかった俺の想いが後半で持ち直したのはよしとしよう。
しかしだ、改めて考えると一瞬で矛盾するこの文をどうやって読み解けばいいのか、全くわからん。
街を歩く人達に聞いてみば答えが出るのかな?
「おーい、宮田センパイ」
「ああ、サキちゃんか。どうしたの、こんなところで」
「こんなところ、って美容院の前なんですけど」
おかしな人でも見ているような目を向けられる。
そんなハズないだろ、と澄まし顔をして顔を上げると、
「マジじゃん……って、サキちゃん!?」
「なんだよ、今更そんな反応して」
「だ、だ、だ、だって、昨日あんなことが」
平然としたサキちゃんの立ち振る舞いとは対照的に何とも情けない姿を露見させてしまう。
しかも、追い討ちをかけるように昨日サキちゃんとしたキスの記憶が鮮明に蘇ってくる。
不意に口を抑えると、サキちゃんも頬を紅くしてむず痒い顔をしている。
「あ、あのさ……宮田センパイって……いっつも暇そう、じゃん?」
「ま……まぁよく言われるし、自負してる」
サキちゃんは腰の後ろで手を組んでモジモジし始めた。
目だって合わせてようとしないし、歯切れも悪い。
いつもズバズバと言い放ってくる印象があるのに、今日は話し方に遠慮が感じられる。
昨日の出来事に狼狽えて醜態を晒す宮田センパイではない! ここは紳士的に言いにくい事を先に言ってあげるべきだ。
「どした? なんか食べたい物があるとか?」
「ううん」
「買い物に付き合ってほしい?」
サキちゃんは首を横に振り続ける。
正直、まっっったく心が読めない。それにしたって言いづらそうにしてるし、こっちから言い当ててあげないと可哀想な雰囲気すら出ている。
「どこか行きたい場所があるとか?」
サキちゃんの動きがピタッと止まって、潤んだ目が俺を捉える。
どうやら図星だったようだ。
さてさて、どこに行きたいのか宮田センパイに言ってみなさ──
「一緒にお祭り行かない?」
ふぅ、と息を吐く。
今日はよく『祭り』という単語を耳にする日だな。
一応、確認しておこう。
「フェスティバル?」
「フェスティバル」
宮田宗治、21回目の夏。
同じ日に、女の子2人からフェスティバルに誘われる。
まだ祭りが始まっていないのに、祭り以上の大イベントが起きてしまいました。
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