第12話 8月9日(前編) 作戦開始!……のつもりでした

 8月9日


「昨日はどうでしたか?」


「えぇ、まあ楽しかったですよ」


「そうな風には見えませんけど」


 注文していたコーヒーの水面が波打ちながら目の前に置かれた。


 昨日の夜からサキちゃんの顔ばかり浮かんでいて、どうにも寝つけなかった。

 アクションを起こしたくても、何に手をつけていいのか分からない。袋小路だ。


 詩織さんの顔を見ると「うん?」と言って、首を傾げた。


 相談してみるのもアリかな? なんて考えていると、詩織さんは手をひとつ叩いて、


「あっ、わかった! 昨日サキちゃんって子と何かあったんですね?」


「うっ」


 なんで言い当てられるんだ……って、昨日のバーベキューの件、詩織さんには伝えてたんだっけ。


 人生のイベントがこの喫茶店以外に無いんだから、何かあったとしたらバーベキューで、って簡単に想像つくよな。


「ほれほれ、何があったか言ってみてくださいよ。何かアドバイス出来るかもしれまんよ?」


「いや、でもかなりデリケートというか、触れづらいというか」


 そう言うと、詩織さんは真剣な表情になって俺の正面に座った。


「ごめんなさい、恋煩いかと思ってました」


 でも、一歩も引く気を見せない。

 最後まで付き合ってくれるのだろうか。


 俺は意を決して、しかし核心には触れない程度に濁して話し始める。


「もし、詩織さんが大切な人の壮絶な過去を知ってしまったら、どんな言葉で、どんな仕草で接してあげるのかなって」


「……辛い過去があったなら、楽しい今で塗りつぶすしかないと思います。私達は忘れることなんて出来ないから、もっと濃い色で隠していくしかないんですよ」


 詩織さんは1度も目を逸らさずに、一字一字をハッキリと紡いで言った。


 確かにそうかも。

 俺も目を瞑りたくなるような過去があるから。もっとも、黒過ぎて全く塗りつぶせないけど。


「ただ、その相手が俺ってのは少々役不足過ぎやしませんか?」


「そんなの分からないじゃないですか」


「いやー、どうでしょう」


「直接聞けばいいと思います」


 踏ん切りの悪い俺を見てじれったく思ったのか、詩織さんはとんでもない提案をしてきた。


 直接聞くって、それ告白みたいなもんじゃん。


 サキちゃんの目の前に立って、「俺でどうですか?」なんて言えるわけないじゃないか。


 だいたい、俺とサキちゃんはただの……ただのなんだ? 客と佐山さんの親戚って関係だよな? それ以下はあってもそれ以上はない……ハズ。


「はぁ、ホントに腰が上がらない人ですね」


 詩織さんは愚痴を零しながら裏方に消えていった。かと思えば、彼女にしては珍しく慌ただしい足音をさせてすぐに戻ってきて、


「これをプレゼントします!」


 と、2枚のチケットが俺の胸に無理やり押し付けられた。


 珍しく興奮している顔して、一体なんのチケットだ? ……って、えぇ!?


「これ、超有名なテーマパークの入場券じゃないっすか!? どうしてこんな高価なものを」


「ショッピングモールの夏休み福引で当たったんです。私、そういうの興味無いから宮田さんが使って下さい」


 1枚で諭吉1人分の値段だぞ!? フリマアプリに投げるとか、最悪質屋にでも持っていけばそれなりにお金になっただろうに。無欲すぎんだろ、心配になっちゃうよ。


 俺は詩織さんにチケットを返した。


「これは受け取れないです」


「どうしてですか?」


「詩織さんの好意を無為にするようで悪いけど、こんな高価なチケット貰えません」


 あっ、待てよ? お金を払えばいいんじゃないのか? ふふっ、急にブラック宮田が出てきたな。よぉし。


「やっぱ」


「じゃあ、サキちゃんに断られたら私と行くっていうのはどうですか?」


 ――――おいいいいい!!! なんだその高待遇は!! 手のひらグルングルン返しちゃうよ! 現金なヤツってバレちゃうよぉ!


 だ、ダメだっ! 手が勝手に伸びていく……!


 もうあと数センチ! という所でヒョイっとチケット引っ込んだ。


「あれ?」


「1度サキちゃんをここに連れてきて下さい。私もポイント稼ぎしときたいんです」


 詩織さんはウインクをしながら悪巧みした顔だ。小悪魔的で可愛らしい。


 意外と打算的な性格を大ピラにしてくれるなんて、信用の裏返しのようで嬉しさすらある。


「ほら、時間は待ってくれませんよ」と遠回しな指示のような言葉を受けると、俺は犬のようにサキちゃんのいる美容院に駆け出していた。




「あのっ!」


「宮田くん!? どうしたのそんなに慌てて」


「サキちゃんいますか?」


 喫茶店と美容院の距離は大して離れてないのに、ちょっと走っただけで息が上がっている。


 肩で息をしながら店内を見渡してみても、サキちゃんの姿は見えない。


 佐山さんはカット中のお客さんに耳打ちをしてこちらにやってきた。


「サキちゃん、今朝から熱出しちゃって」


「熱!? 大丈夫なんですか?」


「一応病院には連れていったんだけど、疲労的なものだろう、って。よかったら様子見に行ってあげてくれない? 今日は手が離せないの」


「もちろんです!」


 佐山さんの自宅は国道沿いの5階建てマンションの3階にある。

 軌道に乗ってる美容院の店長なだけあって広々とひた2LDKの間取りの部屋だ。


 合鍵を使って玄関を開けた時、まず初めに『うるさい』と思ってしまった。

 セミがすぐ隣で鳴いてるんじゃないかと思うほど近くに感じる。


 そして、次にとにかく暑かった。

 リビングの真ん中に立っているだけで、じっとりとした湿気が肌にまとわりついてくる。


 ん? エアコンのリモコンが落ちてる。

 佐山さんが出ていく時に落として行ったのか、なんて悠長な考えをした次の瞬間。


 俺は目を疑うような光景を目にした。


「────なっ!?」


 開けっ放しになった洋室の奥で、サキちゃんがベッドから転がり落ちていたのだ。

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