第11話 8月8日(後編) サキちゃんの過去を知った
後ろを振り返ると、サキちゃんがくずおれて胸のあたりを押さえていた。咳き込みも激しい。
嫌な予感がする。
こんな周りに何も無いような所で急病にでもなったらマズイ。
ポケットのスマホを取り出しながら駆け寄って膝をついた。
「待ってて! 今、救急し──」
そこまで言った所で、サキちゃんの手がスマホを持つ腕を掴んだ。
ん? これは……ビールの缶?
足元に転がったビールの缶から、中身が大量に流れ出ている。
まさか……
「これ飲んだの?」
「ごめん。興味あって飲んじゃった」
とんび座りして気まずそうに視線を低くするサキちゃん。
佐山さん達の目を盗んで飲んでしまったらしい。
まあ、あれだけ咳き込むってことはよっぽど口に合わなかったんだろう。
それより何もなくて良かった。
佐山さんも年相応の探究心に理解を示して叱責したりはしなかった。
むしろ「今はこれくらいにしとけ」と言って、アルコール度数の低いチューハイを勧めていた。勿論、神田さんにぶんどられたけど。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
20時を回った頃には、もう片付けに取り掛かっていた。
俺は佐山さんと一緒にバーベキューの道具を返しに事務所に向かう。
「今日はありがとうございました。美容院の皆でやる予定だったバーベキューに誘ってもらっちゃって」
「いいのいいの。サキちゃんも喜んでたみたいだし。元々、あの子が宮田くんを呼びたい、って言ったのよ?」
「え?」
「聞いてなかった?」
「はい」
だって、サキちゃんは佐山さんが一緒に行こうって……どういう訳かサキちゃんはウソをついてたみたいだ。
もっとも、悪意なんて微塵も感じない可愛らしいウソだけど。
「随分気に入られてるみたいね」
「そんなおちょくらないで下さいよ。むしろ嫌われてるんじゃないかってビクビクしてます」
「それはないと思うなぁ。もっと自信を持ちたまえよ」
そうは言っても、いらん自信は持つだけ空回りするからなぁ。いやでも、嫌われてたらわざわざこうやって誘ってくれることもないか。
もしかしたら、サキちゃんの方は自分が思っている以上に好感を持ってくれているのかも。自惚れかな?
「あとさ、」
急に足を止める佐山さんに合わせて立ち止まる。
どうしたんだろう……いきなり声色が暗くなったぞ。
「サキちゃんの事。宮田くんには話してもいいかなって」
――――正直に言って、俺はその話を聞かなければよかったと思った。今までサキちゃんに向けてきた態度がどこかよそよそしくなるような気がして。
よくあることじゃないか。
夏休みの間だけ、親戚の家に預けられるってやつ。
別に違和感を覚える程じゃない。
だから気にしてこなかったのだ。サキちゃんがどんな立場に立たされているのかを。
まあ言ってしまえば、サキちゃんは預けられたんじゃなくて『逃げてきた』と言った方が正しい。
佐山さんには年の離れたお姉さんがいるらしい。
その人がサキちゃんの母親。
20歳でサキちゃんを産んだまでは良かったんだけど、男に暴力を振るわれて離婚。
災難は続き、サキちゃんは幼い頃から体が弱く、看病でまともに働きにも出られなかったらしい。
そんな不幸もやがては好転した。サキちゃんが中学に上がるタイミングで、母親が再婚した。
そこそこ有名な会社の経営者で連れ子もいた。
つまり、どちらも再婚。
サキちゃんには突然妹ができてしまった。それもとびきり賢く、優秀な妹が。
体も弱かったサキちゃんの家での立場はすぐに無くなった。
今まで溢れんばかりの愛情を注いでくれていた母も妹ばかり気にするようになった。
体が元気になっても、サキちゃんの心は既に枯れていた。
でも苦労をかけていた手前、どこか遠慮のようなものがあった。
家族とは呼べない、まるで他人のように接する生活が始まってしまった。
サキちゃんが家出しても連れ戻しに来ない現状がその証明だ。
「姉さんは幸せになって欲しい。けど、自分の子をないがしろにするのは許せない。だからしばらくの間サキちゃんを預かることにしたの。これで愚かさに気づいてくれるといいんだけどね」
「……」
眉を八の字にして苦笑する佐山さんに、愛想笑いを浮かべる気遣いもできないのか俺は。
何のためにサキちゃんの事を話してくれたと思ってるんだ。
きっと現状を変える何かを俺に期待してくれてたんじゃないのか。
隣を歩くだけなら猿だってできる。何か、何か言葉を────
「おーい、楓! 早く帰るぞ!」
「はーい! 今行くよー」
佐山さんは振り向きざまに「ごめんね、こんな話して」と言って先を歩いて行った。
車に乗り込むと、サキちゃんは体を小さく丸めて静かに眠っていた。
「疲れちゃったみたい」と佐山さんがタルケットをかけてあげる。
坂道を下って行く車内で考える。
俺はこれからサキちゃんとどう接するべきなんだろうか。
佐山さんの膝の上ですやすやと寝息を立てるサキちゃんを見ていると、今までの笑顔や仕草にも色んな意味があったようで頭を抱えたくなる。
俺は何も知らず、時には面倒だなとすら考えてしまっていた。大馬鹿者だ。
「ため息なんてついてどうした?」
ルームミラー越しに神田さんと目が合う。
佐山さんも眠ってる。
今なら悟られずに聞けるかもしれない。
「明日からどうしよかなって」
「住む家がないの?」
そうじゃない、そうじゃないんです富丘さん。めっちゃ和みますけど、今はちょっと違う。
「例えばなんですけど、富丘さんの超ダークな過去を他人から聞いてしまったら、神田さんはどうしますか?」
「え? わたし、そんな過去無いよ?」
天然な富丘さんに「例え話だよ」と神田さんがなだめた。
うーん、と考え込んで再びミラーで目を合わせる。
鋭い目付きに思わず声を上げてしまいそうになる。
「私はひたすら待つ、かな?」
「待つ?」
「どれだけ仲良くなって時間を共有したとしても、その過去を話してくれないって事はまだ足りないって言われてるようなもんさ。だから、話してもいいなって思ってくれるまで片時も離れずにその時を待つよ」
「瑞希ちゃん……カッコイイ、好き」
え? 何、この2人デキてんの? そういうの超好みなんですけど。
……それにしても『待つ』か。
如何せん時間が足りないんだよな。
夏休みが終わってしまえばサキちゃんは帰っちゃうし。ぱぱっと解決出来るキッカケがあればな……ってそういう所がダメなのか。
何事にも順序がある。過程を重んじなければ。
ならば、俺は今どの過程にいるんだろう? サキちゃんは俺にどれだけ心を開いてくれてるんだろう?
車内はアルコールと焼いた肉、そして若干の陰気臭さを漂わせていた。
その夜、自宅にスマホにメールが届いた。
またしても、気味の悪い文章だ。
『今日は楽しかった?』
今日は肉を食ったけど、あんたには皮肉を食わされるのか。
正直困ってますよ。サキちゃんの件もあんたの迷惑メールも。
いい加減メアド変えようかな……
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