第5話 8月5日(前編) サキさんと喫茶店デート?

 


 8月5日。


「な、何してるの? こんな所で」


「あー、いや……」


 喫茶店の店長にあらぬ疑いをかけられていた俺は、店に入るべきか、諦めて去るべきか思い悩んでいた(ほとんど自分のせいなのだが)。


 そんな時、偶然サキさんと鉢合わせしてしまった。てか、こんな日の当たらない場所を歩いているなんて意外すぎる。


 ん? 待てよ?

 もしかして、これはチャンスなんじゃないか?


「サキさんって、今日ヒマなの?」


「今日は楓さんと他の人が入ってくれてるから、休み。……で、なに?」


 そんな疑うような目を向けないでくれ……。もしかして、俺のインテリジェンスな思考読まれてますか? いや、だとしても目の前に降りてきたこの好奇を逃がすわけにはいかない!


「ちょっと喉渇かない?」


「いや、別に」


 チッ! やっぱり、小娘は可愛げなくて適わねぇなぁ! そこは「あっ、わかりますぅ〜! もしかして、ジュース奢ってくれるんですかぁ〜? サキ、嬉しいです!」だろうがよ! 教育がなってねぇ!


「……何よ。黙り込んで」


「あー、あのさ、何でも奢ってあげるからココ行かない?」


 もう、はぐらかすのも面倒くさい。大人しく喫茶店を指差すと、サキさんは訝しげに目を細めた。


「あたし、ソーユーヤツ、やってないから」


 ソーユーヤツ?


 頭の中で木魚が3回叩かれる。

 女子高生、男、お茶、奢り、デート、ソーユーヤツ……ハッ!

 これはもしや、パパ活(俺、大学生だけど)!?


「違う違う違う! マジで違うから!」


「何が違うの? モノで釣って、あたしを買おうとしてんじゃん」


 いやまあ、傍から見れば完全にアウトなんだけど、俺の場合は全く違うんだよ。別に、サキさんである必要もなければ、女の子である必要性も……いや、それはあるか。

 とにかく、意地でも店長に俺がノンケだって示さなきゃ! 今後に関わるんだよ!


「いや、本当に冷たいもの飲むだけだから。ね?」


「まあ、奢ってくれるなら別にいいけど……」


 いいんかい! だったら、今までの流れ全部意味無いじゃん! 一回一回、俺を困らせなきゃいけない呪いでもかけられてんのかこの女は。


 しかし、俺の目的は達成される。


 店に入り、「いらっし」まで言った店長は驚いたように目を見開いて固まった。


 俺は自然に澄まし顔になる。サキさんが彼女なわけでもないのに、何故か『俺の女』感を出してしまう。


 どうだ! これで俺がアンタなんかに興味が無いって分かっただろ? 俺が気になっているのはアンタの娘ちゃんだ!


「ご注文、決まりましたらお呼び下さい」


 あくまでも平然を装う店長だが、それは無駄よ! 俺の目は欺けないね。4人がけのテーブルに向かい合って座る俺とサキさんを見て狼狽えてんじゃん。「えっ? 君、彼女いたの? 昨日のアレはなんだったの?」って言いたそうじゃないか。


「ねえ、あの人めっちゃ手震えてたけど、大丈夫かな?」


「きっと、とてもショックな出来事があったんだよ。雷に撃たれたせいで、痙攣が止まらないんだと思う」


「救急車いる?」


「100パーいらない」


 フッフッフッ。これで、俺は一切の憂いなくこの店に通い続ける権利を得たぞ(店に来づらくなったのは自業自得だけど)。


 たった1日で課題を解決へ導く行動力。更に利用できるものは全て利用する、勝利への執着と頭のキレ! 世の中の人間は俺に習った方がいいぞ。


「ねえ、ほんとに好きな物頼んでいいの?」


「もちろん、好きなものを頼みたまえ」


「機嫌良すぎて気持ち悪い」


「ふっ。今はどんな罵詈雑言も許せてしまうほど、心が透き通っているんだ」


「ふーん。まあ、どうでもいいや。すいまーせん!」


 注文表を片手にやってきた店長に、サキさんはメニューを指さして口ずさむ。


 オムライス、ナポリタン、サンドイッチ、コーヒー、バナナジュース、ショートケーキ、パフェ…………って、パフェ!?


「ちょっと待って! 何かの呪文みたいになってる!」


「ん?」


「『ん?』じゃない! どんだけ頼んでんの!? ってパフェなんてどこにあるんだよ!」


「え? 無いの? 喫茶店ってパフェあるもんじゃないの?」


「無いよ! メニュー表くらいちゃんと確認して頼んでよ。全く……」


「あ、ホントだ……無い」


 この子、はちゃめちゃだ。

 もしかして、ありそうな料理全部片っ端から言ってるのか? どこかのゲームみたいに、第3の選択肢なんてそのメニュー表には無いぞ。


「しっかりしてよ、まった──」


「お作りしましょうか?」


「え?」


「パフェ、お作りしましょうか?」


 第3の選択肢あったァ!? マジで!? そんなアラワザありなんです!? ずるじゃん! じゃあ、俺も────


「かき氷! かき氷ください!」


「いや、それは置いてないので」


「あっ、すみません……」


 なんでだよ!? 氷と適当なもんでできるだろ! と心の中でボヤくのであった。


 料理を待つサキさんは、体を左右に振ってご機嫌だ。相変わらずのおさげの髪が、体に合わせてゆらゆらと踊る。思わずこっちも釣られてしまいそうで、まるでメトロノームのようだ。


「こんな所に喫茶店があったなんて知らなかった」


「俺も昨日見つけたんだ」


「2日連チャンで来たの? 変なの」


「1度ハマったら飽きるまで同じモノを頼み続けるタイプなんだよ」


「あっ、それは分かるかも!」


 ふふっ、と笑うサキさんを見て、心臓の鼓動が高鳴る。


 あれ、なんだコレ? めっちゃドキドキするぞ……。でもそうだよな。よくよく考えたらこのシチュエーションって完全にデートじゃん。

 うだつの上がらない男と、ギャル子。不釣り合いに見えて、実は結構相性いい、っていう男なら誰もが妄想した鉄板ネタだ。


 俺は今、もしかして人生の中でも3本の指に入るくらい人生の絶頂期に身を置いているのではないか?


 そう考えると、無駄に意識して体が熱くなるな。


「そういえばさ、サキさんって夏なのに長袖のパーカー着てるけど暑くないの?」


「これ? 暑くないよ。あたし冷え性っていうか、夏でも体冷たいんだ」


「────ひっ!」


 サキさんは「ほら」と言って、俺の手を触ってきた。


 な、なんで躊躇いもなく手を重ねてくるんだ!? 無自覚なのか!? 無自覚でそれをやってるのか!? だったら相当なタラシだ。意図せず、自ら面倒事を引き起してしまうタイプだ!


「ね? 冷たいでしょ?」


「ア、ウン。ツメタイ、トテモ」


 熱い、熱いよむしろ。俺の体がオーバーヒートして溶けてしまいそうだよ。


 水をゴクゴクと飲む。手で扇いでいると料理が次々と運ばれてきた。オムライス、ナポリタン、サンドイッチ、ジュース、コーヒー、パフェ……これ、一体いくらになるんだ。


 財布がすすり泣く声がする。


「いただきます! うーん、めっちゃ美味しい!」


 でも、そんな幸せそうな顔を見せられたら別にもういっかなって、考えが改まる。


「1口食べる?」


「いや、いいよ」


「そっか」


 あれ? もしかして今のって、夢にまで見た「あーん」のチャンスでした? 絶対そうですよね? あーあ、何やってんのよ。神様がいたら「せっかくお前みたいなやつに幸運のチャンスを巡らせてやったのに」って怒られるんだろうな。


 それにしても、昨日のあの子全然出てこないな……なんて思っていると、超が付くほど初歩的な思い込みをしていたことに気がついた。


 そもそも、今ここに居ないんじゃないのか?

 いや、そう考えるのが自然だろ。昨日たまたまお目にかかれただけで、なぜか今日も会えると考えてしまった。自分でも呆れるほど回らない頭だな。これじゃあ、サキさんにお昼をご馳走しただけじゃないか。


 これ以上冷静になると、かえって情緒が不安定になってしまいそうだ。


「やっぱり、俺も何か食べようかな」


「うん! 絶対そうした方がいいよ!」


 もうデザート食べてる……。あーあ、口の周りにクリーム付けちゃって。


 教えてあげると、「えっ、マジで!?」と言ってナプキンでゴシゴシと拭いた。

 やっぱり、普通の16歳なんだな。最初は派手な見た目に物怖じしたけど、こうやって好きなもの食べてる時は可愛らしい年相応の女の子。


「このケーキさ、イチゴ甘くてサイコーだよ!」


「じゃあ、俺もそれにしようかな」


「えー、あたしチーズケーキ頼んでないからそれ頼んでよ! で、1口ちょーだい?」


 小首をかしげて小悪魔のようにおねだりするサキさんを見て、一瞬頭が真っ白になる。


 なんだ? なんなんだこの感情は。この胸のざわめきは。言葉にできない抽象的な甘い感情が心を満たしていく。


 俺は、そんな感情を振り払うかのように店長を呼んだ。すると聞こえたのは女性の声だった。


「今行きます」

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