第4話 8月4日(後編) ニチアサ映画を見たっていいじゃない

 宛もなく近場のショッピングモールを訪れた。


 夏になると誰もが開放的に、いや、自然体になると言った方が良いのかもしれない。


 冬の鬱屈とした日々に飽き飽きして、春を平穏に過ごし、やがて本性を爆発させるように弾けるのだ。


 あと、あるあるとしては、夏休みが終わった後の始業式。そこには少し大人になった君が……みたいなやつ。


 あれ、あんまり好きじゃないんだよな。

 自分だけ置いていかれてるような気がして焦る。人は変化を嫌うけど、俺は特に嫌いかもしれない。


 適当にふらついていると、映画のポスターが視界に入ってきた。


『この夏、最高のラブストーリー』


 ベタすぎる。なんも面白みもないキャッチコピーだ。むしろB級感がプンプンと漂ってきやがる。


 ゴクリ、と唾を飲む。

 案外、こういうのって面白かったり……?


「よし、いくか」


 1人でラブストーリーってどんな図太い性格してるんだ、って思うだろう。だが、何も不思議なことじゃない。歳を重ねていくと謎の余裕が出てくるのだ。


 思春期ならではの『周りの視線を感じる』現象も嘘のように無くなるから、どうか思春期諸君は安心して欲しい。

 いつか、『こんなのしてるの見られてたらどうしよう?』が『俺の趣味にケチつけてんじゃねえ!』に変わるから。人間って強い。



 映画を見終わった。感想を言おう。


 2時間を返してくれ。スクリーン入った時点で嫌な予感はしたんだ。

 300人は収容出来そうな箱だったのに、いざ座ってみたらスッカラカン。30人にも満たなかった。10分の1以下だぞ!?採算取れなさすぎだろ。


 通路に出た時、向かいのスクリーンから出てきた人の数に比べたらその差は歴然。後ろで聞こえたヒソヒソ話の内容も、


「これ、何見せられてんの?」


「2000円返して欲しい」


「ポップコーンとドリンクで2000円と考えよう」


 と、散々な言われようだった(ポップコーンとドリンクで2000円はそれでも高ぇよ!)


 まあ、感想には概ね同意。何を見せられていたのか全く分からない。


 内容を掻い摘んで説明すると、不治の病になったヒロインを主人公の男が励まし続ける話。


 物語の起伏なんてあったもんじゃなくて、お涙頂戴のありふれたラストシーンで終幕。『衝撃のラストシーンは是非劇場で!』なんてよく宣伝を聞くけど、それとは真逆だ。いやある意味、何も起こらなくて衝撃だったかも。


 こんなので時間を無駄にするくらいだったら、ちゃんとネットで評価でも確認しとくべきだった。

 そこそこ有名な女優と俳優で、そこそこ有名な脚本家で、そこそこ有名な映画監督でも、そこそこの作品ができる訳じゃないんだな。

 エンタメって難しい。


 映画を見終わった独特の余韻も無いまま、俺は近くの休憩スペースで一休みすることにした。


 今日は親子連れも多い。

 首から下げたキャラクター物のポップコーンケースが目に入る。春休みや夏休みにありがちな子供向けアニメの映画……あれ、昔はよく親に連れて行ってもらったけなぁ。


 案外、誰かと一緒に行った映画って記憶に残っているもんで、ふと昔を懐かしんでしまう。

 今は圧倒的に1人が多いせいで、感傷的になっているのかもしれないな。

 ああ、人肌が恋しいです。


 ため息をつきながら立ち上がると、顔出しパネルが目に入った。だいたいどの映画館でもある、記念写真のあれ。しかも、女の子がターゲットのニチアサのフリフリしたアニメ作品。


 今、あれの映画やってのか……いや、待て待て! それはならん! いくら恥を捨てていると言っても、人間を辞めた訳じゃない。

 こびり付いた羞恥心までは拭いきれないのだ。


「でも、なーんか後味悪いしなぁ……」



 俺は既に人間じゃなかったのかもしれない。


 見ました。フリフリでキュンキュンしていた目が痛くなるような蛍光色強めのアニメ映画を。


 両端にお父さんらしき人が座って愛する娘を守ろうと必死でした。そりゃそうだよな。男1人で普通来ないもん。でも、今は多様化の時代だぞ! ささやかな楽しみを俺から奪うなよ!


「おにいちゃん、プリキュン好きなの?」


 突然、後ろから声をかけられた。


 後ろを振り向いてみると苦笑いを浮かべた1人の女性。声の質があまりにも似つかわしくないので、自然と視線を下げてみた。

 すると、小さなショルダーバッグを肩にかけた女の子が俺を見上げていた。


 その場に膝をついて目線を合わせる。眉の位置で切りそろえられた髪の下から、まんまるな目が俺を見ている。

 なんとまあ、綺麗な瞳をしている女の子だこと。


「好きだよ。プリキュン」


「わたしも好きなの! おにいちゃんもプリキュンになれるといいね」


 暇潰しだよ、と正直に言わなくて良かった。なんと懐の深い少女でしょう。これぞ多様性。

 お母様、あなたの施した教育で、今日1人のしょぼくれた男の人生が少し明るくなりました。


 母親とお辞儀を交わして、いつまでも手を振り続ける少女に合わせて手を動かした。


 ちなみにこの後プリキュンの映画の評価を検索してみると、星5つ中、2だった。

 恥を知れ大人ども。子供達が喜んでいるものに横槍をいれるんじゃない。


 でも、後世にこの映画の評価を残す事には意味がある。俺もやっておこう。


「星2、っと」


 しかしこの評価、妥当であった。

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